第18話 迎撃

 ファルにだけ聞こえる通信でセルがそう告げた直後、スーパーマーケットの正面入り口から、足音が駆け込んできた。緊張と焦慮の息遣いは、ファルが気付いてまもなく、カイトが隠れている奥の通路に滑り込んできた。


(人間……?)


 家電製品を並べた棚の列に隠れたファルは、人影を観察する。雨に濡れて、肩で息をする人影。メタノイドではありえない、生きた人間の仕草だ。


(この辺なら西に行けば前線まですぐだ。そこから入ってきたんだな)


 前線の中でも突出した地点から進んできたから気付かなかったが、この辺りでも前線にはまだ近いらしい。


「そこに誰かいるのか?」


 気配に気付いたのか、人影が声をかけてくる。低い男の声に、流暢なレムナリアの言葉。銃に取り付けたフラッシュライトで照らしてくると、カイトは咄嗟に身を隠した。


「おい、出てこい。お前、髪が白いな。マイツだろ?」


 震える声で、しかし怒りのこもった声色だ。


「ふざけやがって。そこにいるんだろ!? 出てこい!」


(まずいな、気付かれるぞ)


 カイトが懸念を口にしてまもなく、それが現実となった。数メートルのところまで近付いてきた兵士は、カエルが潰されたかのような声とともに床に倒れた。膝から下はボーリングピンのように弾け飛んで、壁にぶつかって騒音を響かせた。


(来ましたよ……)


 床に伏せて、転がった男の上半身に目を向ける。まだ息はあるらしく、弱弱しく呻き、虫のようにもがいている。かわいそうに、弾は両足を撃ち抜いただけで、即死させてはもらえなかったようだ。


 帝国や連邦の電磁射出式小銃の威力は、火薬を用いる銃の比ではない。鉄筋コンクリートを容易に砕くし、近距離なら戦車の装甲でも貫通する。小銃弾の口径にして機関砲に匹敵する威力を誇り、地球外の金属で作られた帝国の銃弾に至っては、人体なら原型を留めないほどに破壊してしまう。


 前線でああなってしまっては、止めを刺してあげるのが優しさなのだろうが、そんな余裕はない。正面玄関から、足音が二つ入ってきた。足取りは悠然としていて機械的。メタノイドだ。


(建物に侵入したのは二体。メタノイドだね。外には他の個体はいないよ)


 衛星から送信されてくるデータを基に、セルが補足してくれる。おかげで状況把握が容易で助かる。


 足音は迷うことなく奥の通路までやってくると、兵士を認めて向かってきた。床に転がった突撃銃のフラッシュライトが、ジーンズを履いた細い足を照らして、小さな子供の影が浮かび上がる。


「や、やめろ……助けろ、マイツ……助けて――」


 助けを求める兵士の頭を掴むと、メタノイドは腰から高周波ナイフを抜いた。長さ三〇センチ、人間の目では視認できない速さで振動する刃は、動物の肉と骨を溶けかけのバターのように簡単に切断してしまう。それをメタノイドは首に宛がった。


 短い悲鳴を最後に、兵士の声が途絶える。フロアの暗がりに肉塊の転がる音と、鮮血の滴る音が不気味に響いた。


(余計なことをしてくれましたね。多分、私達も気付かれましたよ)


 メタノイドは人間の言葉を理解する。さっきの助けを求める声で、少なくともこの建物の声の届く範囲に仲間がいると認識したはずだ。


 ファルの読み通り、メタノイドは兵士の首を片手に持ったまま、辺りを見渡し始めた。気配を探っているのだろう。


(どうする?)


(気付かれずに外へ出るのは無理そうです。二体だけなら何とか倒せそうですが、逃げるのはどうしましょうね)


 腰に差した拳銃を静かに抜いて、備えるファル。


(逃げるのは俺に考えがある。任せとけ)


(ほんとですか? じゃあ、お任せします)


 母から逃げ方を教わったカイトなら、信頼できる。方針を決めると、身体の主導権を譲り受けたファルは、ミネラルウォーターのペットボトルを通路に転がした。


 壁にペットボトルがぶつかると、二体のメタノイドはそれに関心を移して近付いてくる。音を立てずに膝立ちになったファルは、メタノイドが視界に入ってくると、拳銃で足を撃ち抜いた。


 さっきと同じ要領で、よろめいたところを壁に押さえ付けて、しかし今度は右目だけを撃ち抜く。どんなに手際良く立ち回れても、もう一体を倒すまでに他の個体に情報を共有されてしまう。それなら少しでも早く制圧できる方が良い。そう判断しての割り切りだ。


 集積回路を破壊して身動きを封じると、脱力したメタノイドの右手を掴んで、電磁小銃の銃口をもう一体に向ける。相手もファルに銃口を向け、今まさに引き金を引こうというところ。帝国の武器を扱えるのは稼働しているメタノイドだけ。その制約を破るため、メタノイドの指に自分の指を重ね、引き金を絞らせた。


 閃光。射出。放たれた大口径のケースレス弾は、向かいのメタノイドの右手を吹き飛ばし、胸に食い込む。人間の肺に当たる部位に配置される、左右二本の燃料電池。その中間、気管支の位置に配置された導線を破壊する。


 被弾の衝撃でメタノイドが吹き飛ばされ、床に倒れて動かなくなる。ファルは押さえていたメタノイドを解放すると、その手から滑り落ちた兵士の首を、拳銃で撃ち抜く。帝国軍に脳の情報を解析されないために、前線で必ずやるようにと教わる基本動作だ。


(カイト、後はお願いします)

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