第17話 明かされる真実

(――じゃあ、カイトは大ソリス王国の出身だったんだ)


 雷雨から逃れ、潜り込んだスーパーマーケットの奥の棚にもたれながら、ファルはカイトの幼少期の戦争体験を聞き終えた。


(あぁ。良い思い出なんて何もない、クソみたいな国だったよ)


 カイトはそう悪態を吐くと、棚から勝手に取ったミネラルウォーターを呷る。


(親父は戦争中に国軍の奴らに殺された。政府に批判的な記事を書いたからって、目の前でな)


(噂通り、酷い国ですね……)


 忌々しげに告げたカイトは、さらに続ける。


(その時一緒にいた幼馴染と俺も、兵士達に殺されそうになったけど、そこへ助けに来てくれたのがお前の母親だ。凄かったぜ。武器持った兵隊三人、一瞬で皆殺しにした)


 容易に想像がついて、ファルは思わず笑ってしまう。


 ファルの中の母は、快活で強い人だった。いつだって笑っていたし、力持ちだった。父親が下手な運転で側溝にタイヤを嵌まらせた時も、ファルを乗せたまま車を持ち上げて、一人で元に戻してしまう、そんな人だ。


 いつまでも、ずっと一緒にいてくれると思っていた。だからそんな人が死んだことを受け入れるのは、とても苦しかった。


 失政で財政難に陥り、国民の不満を逸らすために帝国に宣戦布告し、返り討ちに遇った末に民衆が武装蜂起し、内戦と対外戦争を同時に抱えることになった愚かな王国。そこへ民主派勢力を救済するという建前と、傀儡政権を作って諸侯連合に楔を打ち込みたいという連邦の思惑のために派遣されたのが、母と叔母が所属する第三軍団だった。


 戦争は半年で終結した。大ソリスのあったムルス大陸南部は人が住めないほどに汚染された不毛の地と化し、王国は滅び、連邦の思惑も挫かれた。勝者などいない結末は、ファルから母を奪い、カイトから故郷を奪ったのだった。


(アリッサさんの部隊とは、一ヶ月くらい一緒に行動させてもらった。その間に帝国軍から逃げるための術は一通り教えてもらったんだ)


 共和国で連邦が行った訓練の賜物と思っていたが、それは大きな間違いだったらしい。母が教えた幼少期の訓練を、今でも完璧にこなせるカイトに、ファルは自分のことのように誇らしさを覚えた。


(その後は幼馴染と一緒にレムナリアに亡命して、教会で暮らしてた。三年前までな)


(三年前?)


 物憂げに締めくくったカイトを、ファルは聞き咎めた。十六歳で自立して、今は軍人。それも単独で特殊な任務を与えられるほどの信頼を得ている。よくよく考えると、どうにも違和感のある経歴だ。


(あの、レムナリアって十六歳から入隊できるんですか?)


 連邦でさえ、前線配置は早くても十八歳から。それまでは高等士官学校に通うか、本国で実務と訓練を積むことになる。


 十九歳で特殊任務を任されるほどの経験を積んでいるとしたら、レムナリアは連邦以上の軍事国家だ。そんなことがあるはずない。


(俺は軍人じゃない)


 予想通りに答えに、ファルは余計に混乱する。


(徴兵されるまで鉱山で働いてた。それまで銃なんて撃ったこともないよ)


(じゃあ、極秘の任務っていうのは……?)


(嘘だ)


 開き直ったかのような告白に、ファルは言葉を失った。いや、勝手に誤解してまともに確認しようとしなかったのは確かに落ち度だが、あれほどの技能を見せられれば信用してしまうのも無理からぬ話ではないだろうか。


 自己弁護を内心繰り返すファルに、カイトは開き直りついでに続ける。


(ノーマン海岸沿いには大ソリスの難民の町があって、そこに俺が住んでた教会もある。そこに戻りたいんだ。幼馴染がまだ生きてるかもしれないからな)


 帝国は捕虜を取らず、敵対勢力は容赦なく皆殺しにする。それは非武装の民間人でも同じこと。普通に考えればもう死んでいると考えるのが妥当だが、カイトと一緒に母の教えを受けていたのであれば、まだ生きている可能性は十分に考えられる。


(悪かったな、騙して)


 カイトは謝罪の言葉を投げかけた。


(極秘の任務に、徴兵されてるだけの俺が関わるわけにいかないだろ。大して役にも立てないし、他の死体に入った方が良い)


 共闘はここで終わり。ファルを気遣ってのその提案を、


(その幼馴染の人と再会したら、救助しないといけませんよね。それはどうするつもりですか?)


 ファルは拒んだ。


(私達の目的は同じですから、このまま最後まで付き合いますよ。お互いその方が得でしょ)


(良いのかよ? そっちは本当に極秘の任務なんだろ?)


(カイトが黙っててくれればどうにでもなりますよ。私は初等士官学校首席ですよ? 裏工作くらいちょちょいのちょいです)


 ファルは得意気にそう言って、


(それに、カイトの身体は動きやすいですし、帝国軍相手でも生存率が高そうです。このまま一緒にいるのが、私としても最善だと思うんですよね)


(そうか……まぁ確かに、さっきの動きを見た感じ、相性は良さそうだな)


 苦笑を浮かべながらのその言葉に、いつぞや総督の前で口を滑らせた自分を思い出してしまった。


(おい、顔が熱い。どうかしたか?)


 からかうような語調ではなく、心配しているその調子に、余計顔が熱くなる。


(か、風邪ですかね?)


 誤魔化そうとして声が上擦ると、カイトは察して苦笑した。


(また変なこと考えてるだろ?)


(また、って何ですか! イヤらしい方に持っていったのはカイトでしょ!)


(お前が勝手にそう思っただけだろ)


(いや前回はあなたがセクハラを働いたんですよ!)


(あぁ、分かったよ。そういうことにしといてやる)


 必死の弁解を中断させて、カイトが立ち上がった、その時だった。


(いちゃついてるとこ悪いんだけど、そっちに人が向かってるよ)

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