第16話 幼き日の入隊
「何をしてるの?」
そう問いかけたカイトに、兵士の一人が答える。
「この人達を、今から送り出すのさ。まぁ、葬式だな」
スキンヘッドのその兵士は、横たわる仲間の腹の上に赤色の筒を置いた。
「準備できた?」
赤茶色の髪をティアラのように編み込んだ女が訊いた。母より大きな背中に銀色の小銃を提げた女は、スキンヘッドの兵士から相槌を受け取ると、
「よし、じゃあ全員整列! 少年と嬢ちゃんも、良かったら一緒に並びたまえ」
そう優しく笑いかける女に言われるまま、他の兵士達の端に並ぶ。
目の前には死体が五つ。男が三人に、女が二人。全員死ぬ時は苦しんだり、いきなり何も言わなくなったりと反応は色々だったが、今は五人とも眠ったような、穏やかな顔をしている。
隣に立ったエレンは、いつもの気丈さも忘れて泣きじゃくってばかりだ。彼女と仲良くなった分隊長のイルマ・シフォン少尉が、彼女の目の前に横たわっているからだ。同じ大ソリスの血を引いているからと気にかけてくれた彼女も、カイトやエレンと同じように、白い髪に青い瞳を持っていて、そしてこの部隊の指揮官と同じようによく笑う人だった。機械の軍団の奇襲で脇腹を抉り取られ、交戦している間ずっと苦しみ続け、それでも最期にはカイト達に向かって、無理な笑顔で安心させようとしてくれた。
「点火!」
赤茶色の髪の女が力強く叫ぶ。それと同時に、死体の腹の上に置かれた筒が発火して、みるみるうちに死体を炎が包み込んだ。
「どうして燃やすの?」
思うままに疑問を投げかけたカイトに、隣で敬礼する女は穏やかな口調のまま答えた。
「死体のままだと、悪い奴らに辱められたり、機械に記憶を読み取られてしまうかもしれないからね。彼らの名誉のために、跡も残さず燃やすんだ」
意味はよく分からない。ただ、彼らを思ってのことだということは、カイトにも分かった。
「彼らの魂は私達が持ち帰る。これがそうさ」
そう言って女は、巾着を見せた。中に入っている銀色のプレートには、名前と数字の羅列、それに血液型が記されている。
「私達にとってはこれが全てだ、少年」
「そうなんだ」
「彼らの魂を持ち帰る。そのために私達は生きなければならない。これからも戦いの日々だぞ、二人とも」
顔を上げたカイトは、いたずらっぽく笑って見せる女と目を合わせる。と、そこへ横からエレンが、
「少佐さん、私にも戦い方を教えてください!」
目に溜まった涙を袖で拭って、茶髪の女に言った。
「イルマさんの代わりに、カイトを守らなきゃいけないんです」
死の間際に、イルマ分隊長はそんなことを言っていた。擦れた声で、カイトもかろうじて聞き取れるほどの声量だった。泣き続けるエレンを励ますための言葉を、彼女は大真面目に受け止めたのだ。
子供心にも無理と分かる、エレンの申し出。あんな銃弾をまともに受けても立ち上がってくる機械の化け物を相手に、何ができるというのか。
「よろしい! それじゃあ二人とも、今から我が大隊の兵士見習いだ!」
赤茶髪の女はそう言って、満面の笑みで歯を見せた。いまいち気乗りしないカイトは、俄かに表情を曇らせつつ、
「さっきみたいなのを教えてくれるの?」
人型機械を相手にした、一瞬の制圧劇。身動きを封じて両目を撃ち抜くその様は、カイトの脳裏に強烈に焼き付いている。あれができるようになれば確かに一人前に戦えるかもしれないが、子供にできるとは到底思えない。
「あれは私のオリジナル格闘術だからね。私の国の子供達でも習得は容易ではないし、君達に銃を渡せば怒られてしまう。だから、君達には逃げたり隠れたりする方法を教えよう」
「そっか」
「戦い方を教えてください! 私も戦いますから!」
食い下がるエレンに、女は首を振る。
「いやいや、逃げたり隠れたりするのも立派な戦いの一つだぞ? 君達は隠れて、その間に私達で敵をボッコボコにする。これ最強のコンビじゃないかね?」
ねぇ? と葬送を終えた部下達に向かって同意を求める女。兵士達も適当に相槌を打ってくる。
「エレンは喧嘩強いけど、あいつらには勝てないよ」
不満そうなエレンに、カイトはそんなことを言って宥めようとした。
「何だ、嬢ちゃんやっぱ強者なのか」
「うん、中学生泣かしたことあるんだよ」
「へぇ~」
「地元では負けなしですよ。それでも駄目ですか?」
食い下がるエレンに、女は観念したように肩をすくめた。
「そこまで言うなら、仕方ない。見習い扱いで、最低限の武器の使い方くらいは教えてあげよう」
「あ、ありがとうございます!」
喜びに声を弾ませるエレン。女は部下達に「内緒にしておくように」と釘を刺してから、カイトとエレンに向かって、敬礼をした。
「改めて名乗っておこう。連邦遠征軍第三軍団第九三武装偵察師団第一大隊、アリッサ・ファルネーゼ少佐だ。我が大隊へようこそ」
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