第3章 共和国の実像

第15話 雨の最前線

「――あぁ、明日街に行くの?」


 実験開始の直前、明日の予定を訊ねて誘ってみたファルに、セルはコンソールを操作しながら応じた。


「第三軍団の同期で仲の良い人もいないし、セルならどうかな、って……駄目ですかね?」


 街に行くのはカイトに相談した時からセルも知っていたことだが、さすがに誘うのが急過ぎたか。突然の誘いを申し訳なく思うファルに、セルは唸りながら思案した末、コンソールを叩く手を止めた。


「まぁ明日は私も予定ないし、別に良いよ」


「ほんとですか?」


「うん。あぁでも、もし面倒な連中に絡まれたら、ファルが守ってよね。私近接戦闘とか苦手だし」


 ナンパでもされると思ったのだろう。余計な心配には思えるが、それは言わないでおく。


「任せてください。セルのことは私が守りますよ」


「ありがと。じゃ、今日も張り切っていこうか」


 落ち着いた調子で送り出されて、目を閉じる。まもなく意識が曖昧になっていき、そして次に目を開けた時、目の前には暗がりに覆われた瓦礫が現れ、肌は冷たい風を知覚した。


(カイト、生きてますか?)


(あぁ、今日も生きてるよ)


 頭の中で語りかけると、それに宿主が答えてくれる。いつのまにか習慣になった生存確認を兼ねたやり取り。それを終えると、カイトが立ち上がる。


(今日で街を出たいな。雨の中なら、連中の索敵能力も少しは落ちてくれるだろ)


(気休め程度ですけどね。でも、恵みの雨にしたいところですね)


 北上してきた雨雲が、昨晩から東コルシア一帯に雨を降らせている。時折雷がぐずるように鳴り響いて、そしてたまに落ちてきては、怒号のように空気を揺らす。


 この天候では、アトラクも飛んでいないことだろう。哨戒用の部隊に気を付ければ、かなりの前進を期待できる。


(カイト、あれ!)


 隠れ蓑にしていた路地裏から出て、無人の商店街を進んだ先に停まっている軍のトラック。砲撃でキャビンを潰されて、ひしゃげた荷台から地面に滑り落ちた黒いケースに、ファルは心当たりがあった。


(やっぱり! これ連邦軍の武器ですよ!)


 軍事支援の初期段階で供与されたものだろう。前線に配備されたは良いものの、到着した時には既に激戦の最中で、使うはずだった歩兵もいなくなってしまったのだ。


 連邦軍の刻印を刻んだケースを開けると、詰め込まれていたのは地対空ミサイルと弾頭二発、それに電磁射出式の自動拳銃と予備の弾倉二つ。旧世代のあり合わせの在庫を適当に詰め込んだものらしいが、ファルにとっては十分に有用な武器だった。


(これさえあれば、どうにかなりますよ)


 そう言って手にしたのは自動拳銃。チャコールグレーの外装を施して、銃身部分は半円形。弾倉に詰められたケースレス弾を確認して銃把に押し込み、スライドを引いて薬室に装填する。


 半世紀前まで制式化されていた、旧式自動拳銃。使用する弾薬はタングステン製。宇宙開拓以降主流となった、衛星産のイリジウムを使ったものには劣るが、近距離ならメタノイドにも有効だ。電磁射出式は火薬を使う銃と比較して銃声が静かな上に、この悪天候だ。撃っても銃声で気付かれることはまずない。


 雨音に紛れて、足音が聞こえてくる。数は一人。距離は八メートル。トラックの向こうから、ゆっくりとこちらに向かってきている。


(私に任せてください)


 ファルがそう言って、主導権を持ち続ける。左手に銃把を握り、右手を添え、荷台の陰で息を潜める。


 やがて目の前に現れた人影の足を、ファルは撃ち抜いた。防弾性のカーゴパンツと軽量合金の脚を貫通し、よろめいたメタノイドに突進を仕掛ける。


 電磁小銃の銃身を右手で押さえ付け、向かいの建物の壁まで追い詰める。間合いを詰めて右肘で首を押さえ付け、左目に銃口を向け、引き金を引く。


 押し殺した銃声。弾ける機械の脳漿。大きく打ち震えたメタノイドの右目に続けざまに銃口を宛がい、銃声をくぐもらせる。


 両目を撃ち抜かれたメタノイドは、力なく崩れた。貫通して空洞になった左右の眼窩から、生体組織の血液が流れ出て、石畳の地面の雨水を濁らせる。


(凄いな……)


(でしょ?)


 得意気に答えて、トラックの陰に身を隠す。


(対メタノイド用の近接戦闘術です。本来なら高周波ナイフも一緒に使うんですけど、ないので素手です)


 メタノイドの中枢機能は頭部に配置されている。この機械の頭脳を防御するため、頭部は手足より頑丈に作られているのだが、その中で唯一他の部位より脆いのが目であり、メタノイドの数少ない弱点だ。左目の後部には通信器官が配置されており、これを破壊することで他の個体との通信を阻害することができる。そして右目の後部とその近くには集積回路が配置されており、電磁射出式の銃で至近距離から撃ち抜くと、銃弾の威力と熱エネルギーで周辺機器も含めて破壊することができるのだ。


 結果、メタノイドは起動しながらに身動きが取れず、他の個体との通信も叶わない状態になり、事実上の死を迎えることとなる。


(これ、連邦の奴らはみんなできるのか?)


 好奇心からか、カイトが投げかけた問いに、ファルは得意気に答えた。


(いやいや、これは結構な上級スキルですよ。これを使えるのは、高等士官学校でも数えるほどですからね)


 高等士官学校で二年かけて学ぶ、対メタノイド特化の近接戦闘術だ。ファルの同期でもここまで体得した者は数少ない。


(それと、自慢じゃないですけどこの近接戦闘術、なんと私の母が考案したんですよ!)


 誇らしさのあまり、余計なことまで言ってしまった。母と比べられて劣等生扱いされるのが嫌で、体格的に実用性がないのを承知で履修したことまでは、話す必要もないだろう。


 そんな反省と打算を頭の中で巡らせるファルに、カイトは思いがけない反応を示した。


(お前の母親って、もしかして遠征軍のアリッサ・ファルネーゼ少佐か?)


(え?)


 唐突に言い当てたカイトに、ファルは返す言葉を見つけられなかった。

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