第13話 母の受け売り

 執務室を出ると、無人の通路をエレベーターへ向かって進みながら、ファルは気になっていたことをセルに訊いた。


「ほんとに報告しなくて良かったんですか? 後でバレたら大変ですよ」


「今さら話しても大して変わらないって」


 開き直ったようなことを言って、セルは続ける。


「昨日の活動を見た感じ、あのカイトって兵士は相当優秀だよ。高等士官学校に入ったら、少なくとも潜伏技術だけならA評価はもらえると思う」


 その評価に異論はない。あの後も何度か帝国軍の機械と遭遇したが、カイトの隠密活動のおかげで何の危険もなくやり過ごすことができたのだ。ファルだけだったら確実に見つかって、また失敗していたことだろう。


「ファル的にも任務的にも、彼とこのまま活動した方が良いと思うから、総督にはこのまま内緒にしとこう。もしバレたら、彼には死んでもらわないといけなくなるしね」


「え……」


 ホールまで来て、ボタンを押す。エレベーターを呼びつけると、セルは唖然とするファルに平然と応じた。


「この計画、極秘だからね。外部の人間に知られるわけにはいかないんだよ」


 君は昨日ベラベラ喋ってたけど、と皮肉交じりに言って、エレベーターに乗り込む。


「いや、でも上はカイトみたいなケースを想定してるんですよね?」


「してるよ。だから、もし発生したら即殺処分だよ」


 許容するとは言っていないし、機密なのだからそれが当然の対応だ。それを報告しないのは隠蔽であり、銃殺刑に処される大罪のはず。


「ほんとに報告しなくて良かったんですか……?」


 恐る恐る、セルに再び訊いた。


「良いって。だって生きた人間でネクロマンサー計画ができるなんて、すごく面白いじゃない。こんな機会滅多にないんだから、やらなきゃ損だよ。データも今後の計画に確実に役立つし」


 恐怖心に好奇心が優った、ということなのだろう。目を輝かせるセルの赤らんだ顔に、ファルはそれ以上窘めることができず、やがてエレベーターが八階で止まり、ドアが開いた。


「じゃ、また二六時に。お疲れ」


 降りていったセルに手を振り返して、ドアが閉まる。一階に降りていくエレベーターの中で、ファルは重苦しいため息を吐き、頭を抱えた。


「バレないようにしないと……」


 カイトの生存が露見すれば、隠蔽の首謀者であるセルはもちろん、自分もただでは済まない。間違いなく銃殺刑だ。


 カイトには口外しないように釘を刺したし、本人も単独行動の最中である以上、外部に露見することはないだろう。ならば最後まで隠し通すしかない。今さら報告しても後の祭り。処刑台に一気に近付くだけだ。


 決意を新たにエレベーターから降りたファルは、自室に直行した。緊張で眠気は消え失せたが、眠らないと次の実験に差し支える。


 部屋に戻ると、固い簡易ベッドの枕元に置いておいた携帯端末が着信にランプを点滅させていた。ガラスより薄い端末を手に取って画面に親指を押し当て、ロックを解除すると、表示されている電話番号に表情が明るくなって、コールする。


『はい、もしもし?』


「お父さん、電話ありがとう!」


 画面に映し出された男性に、ファルは満面の笑顔で声を弾ませた。黒い跳ね髪と柔和な垂れ気味の目が特徴的な画面の向こうの彼は、ファルの父・アランだ。


『やぁ、ファル。折り返してくれてありがとう』


 優しく笑いかける父に、ファルの心も安らぐ。参謀総局に勤めるしがない事務方。母とは士官学校時代の同級生で、前線に出るような血気盛んな自分とは正反対な性格に惚れたと、生前話していたのをよく覚えている。


『叔母さんのところで頑張ってる?』


「うん。物凄い扱き使われてる」


『そっか。叔母さん、容赦ないからね』


「ほんとね。かわいい姪っ子なのに」


 頬を膨らませる娘に、アランは笑う。そんな父の優しい笑みに、ファルもつられて笑った。

『今は母艦にいるのかな?』


「あぁ、うん。前線にはまだ出てないよ」


『そっか。君はお母さんに似たから、前線でも活躍できると思うけど』


 どこか残念そうな父に、ファルは苦笑を返す。


「小さ過ぎて前線には出してくれないよ。それに、私は参謀総局に行って、お父さんを扱き使うから」


 出世欲のない父は、こんな憎まれ口を叩いても、笑ってくれる。


『じゃあ今からゴマを擦っておかないと』


「そうだよ。私は出世するからね!」


 アランはいたずらっぽい愛娘の笑顔を見守ってから、


『前線には出ないにしても、街には出てみた方が良いと思うよ。首都はすぐ近くだろ?』


 共和国の首都は母艦の目と鼻の先、丸窓から見える港がその入り口だ。七〇〇万人の人口を抱える最大の都市で、連邦軍はそこに陸軍を一個大隊配備している。


 行こうと思えば休暇の時に外出許可をもらえばすぐに行ける。ただ、行きたいと思わないだけだ。


『お母さんはよく、街に出かけていたよ。お土産をよく送ってきてくれたろ?』


 戦地に行く度、そこで珍しいものを見つけては買って、家に送ってきてくれた。現地の祭りで使われる木彫りの面に、郷土料理の冷凍食品。そうした土産を、母が死ぬまで、ファルは無邪気に喜んでいた。


 今なら分かる。それこそが母の死因だ。現地の文化や習慣に触れていくうちに現地の人に感化され、必要以上に感情移入し、その結果現地の人を守るために無茶な戦い方をするようになる。遠征軍でよく起こる現象で、それが望ましくない行為だと、士官学校でも教えられる。


 そんな風になりたくないと、ファルは願った。将来、自分の家族に同じような思いをさせるようなことだけはしたくない。だからこその参謀総局志望だ。


 それを知っている父は、それでもなお、穏やかな声で続けた。


『現地の人を知ることで、自分が何のために戦っているのか、誰を守るために戦っているのか、認識することができる。それが分からず機械のように戦う方が、ずっと危険だよ』


「それって参謀総局の教え?」


『お母さんの受け売り』


 父はそう言って笑みを見せる。


『お母さんは不器用な人ではあったけど、僕はその意見に賛成だよ。大義の分からない戦争は、ただの殺戮だ。そんなものに関わっていては、心が持たないからね。自分が戦う理由は、自分の外にあっても悪いものじゃないさ』


「それは、そうかもだけど……」


 躊躇うファルに、父はそれ以上の押し付けはしなかった。


『まぁ、無理にとは言わないさ。何事も、ファルのペースでやっていけば良いよ』

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