第11話 想定内のトラブル

 崩れた建物の下敷きになっていた死体に入り込んだのかと思いきや、どうやら死体ではなかったらしい。焦ったところへセルが助けに入ってくれて、何とか協力を取り付けることができた。


(ありがとうございます、セル。助かりました)


(どういたしまして)


 頭の中でセルと通信する。この会話はカイトなる身体の主には共有されていないから、彼が聞き咎めて割り込んでくる様子もない。


(あの、こういう場合ってどうしたら良いんでしょう? この人にネクロマンサー計画が知られちゃいましたけど……)


(あぁ、良いよ。こういう事故も上は想定してるから)


 それより、とファルの懸念を隅に置いて、


(そろそろ出発しよう。時間も惜しいしね)


 口八丁で誤魔化して、このカイトなる人物と一緒に行動することになったが、ノーマン海岸へ向かう途中だったのは幸いだ。


(じゃあ、早速行きましょう!)


 ファルはカイトにそう言うと、階段から立ち上がった。


(おい待て、俺が動くから!)


(何で?)


(何でって、これは俺の身体なんだよ!)


 死体相手ならそんなこと考える必要もないのに、相手が生きていると何とも不便だ。


(ていうかお前、銃は?)


 今さらながら、カイトは突撃銃を持っていないことに気付いたらしい。問い詰める彼に、ファルはため息を吐かせつつ答える。


(レムナリアの銃じゃメタノイドに太刀打ちできませんよ。あるだけ邪魔です)


 レムナリアに限らず、連邦以外の各国軍で採用している歩兵装備では、到底まともな戦いにならないだろう。メタノイドの着ている衣服は防弾・防刃・耐爆仕様で、連邦軍の電磁小銃でもなければ貫くことができないのだ。そこからさらに生体組織と、鋼鉄よりも硬い本体を貫かなければ無力化できないとなれば、三〇〇年も技術が停滞した国々では対抗しようがない。


(じゃあ、お前の装備はないのか?)


 カイトが当然の質問を投げかけてきた。連邦軍の兵士なら持っていて当然の電磁小銃レールガン。それを当てにした宿主に、ファルは当然のように答えた。


(ありませんし、あっても貸せませんよ? 連邦は装備を他国の兵士に貸すのを固く禁じていますからね)


(共和国に貸してるだろ)


(それは政府から許可されたからです。個人的に装備を貸すのは厳禁なんです。バレたら銃殺ですよ)


(あぁ、そうか。そうだったな……)


 遠征軍の誰かから聞いていたのか、カイトは思い出したように納得してくれた。


(武器がないので、帝国軍との戦闘は避けます。その上で、海岸を目指しましょう)


(はぁ……分かったよ、戦闘は避ける、な)


 煮え切らないものは腹にあるのだろうが、これが現実的な考えだとは理解してくれたらしく、カイトは承諾してくれた。


(連中の武器が使えればな……)


 カイトがぼやく。それにはファルも同感だった。


 メタノイドの武器が使えればもっと積極的に動けるし、戦うことだってできる。それができないのは、帝国の武器がメタノイドにしか扱えない代物だからだ。連中の頭部に埋め込まれた通信器官から、指先を介して発せられる特殊な電波を引き金の受信機で受け取らないと、帝国の武器は安全装置が外れないし、電力も供給されない。メタノイドが扱えば戦車すらも破壊できる強力な兵器だが、人間が持てばハイテクな鈍器でしかないのだ。


(言っても仕方ありません。先を急ぎましょう)


(あぁ。分かったよ)


 ファルに促されて、カイトは裏口から路地裏へ出た。真っ暗な路地の右手は崩れたビルの瓦礫に埋もれて、通ることはできなさそう。反対側は障害物もなさそうだから、左に曲がる。


 身を低くして、足音を殺して、石畳の路地を進む。通りに出ると、頭を潰して黒い煙を燻らせる共和国の戦車が歩道に乗り上げていて、周りには死体が転がっていた。黒焦げの死体に、生焼けの死体。漂う死臭は嗅がずとも鼻孔に流れ込んでくるほどに濃い。


(酷いですね……)


 思わず漏らしたその言葉に、カイトが皮肉めいた言葉を返す。


(連邦軍の兵士ならこんなの見慣れてるだろ)


 シミュレーションでなら見てきたが、前線に出たことがないファルにとって、目の前に本物の死体が転がっている光景は初めてだ。昨日の実験では死体を見つけるより先に、自分が死体に戻されてしまったのだから。


(っ、まずい!)


 抑え気味の声でカイトが言って、戦車の下で潜り込む。


 戦車の向こう。一〇メートル離れた先にある十字路から、重苦しいキャタピラの走行音が響いてくる。右手から現れた大きな影に、カイトは息を飲み、ファルも慄く。


 帝国軍の主力戦車。連邦でイタクァと呼称される無人兵器だ。砲塔はプラズマ榴弾を使う主砲の他に、仰角を取れる機関砲を備えている。地球外の金属で作られた、劣化ウラン弾も防ぐ装甲が、その素材特有の青く鈍い光沢で車体全体を覆っている。


 戦車の前後には電磁小銃を提げたメタノイドが二体に、ロケット砲と機関銃を装備した蜘蛛型の装甲戦闘機・イソグサが二機。メタノイドはこの季節のムルス大陸には不似合いのシャツとジーンズを着た少女の姿をしている。表情はさすがに読み取れないが、どうせ機械特有の無表情だろう。


 イタクァ率いる哨戒部隊は、ファル達のいる通りの位置で止まると、イソグサが頭部を赤く点灯させた。それを認めると、カイトは呼吸を止め、身動きを止める。


 完全な静止。目を見開いたまま動かさず、赤く光るイソグサの頭部をジッと睨む。メタノイドがこちらを向いても、呼吸を止めたまま、拍動を抑え、視線を揺らすことすらしない。


 やがてイソグサの赤い光が消えると、イタクァはまたゆっくりと進み出した。メタノイドとイソグサもそれに追従し、キャタピラの音が遠退くと、ようやくカイトは二酸化炭素を吐き出し、急いで酸素を吸い込んだ。


「はあ……はあ……はっ……!」


(すごいですね。あんなに長時間息を止めていられるなんて……)


 必死に呼吸をする脇で、ファルは驚いたように言った。


 実際、驚くべきことだ。あの緊迫した状況で一切の動揺も見せず、二分近くも息を止めていられるなんて、相当な鍛錬が必要なはずだ。


(先人の教えだよ)


 呼吸を整えたカイトは、ファルにそう答えた。


(あの赤いランプ、生体観測機だろ。死んだふりしてたり、隠れてる人間を探し出すってやつ)


 元々は災害時に生存者を探し出すために作られたものだが、今となっては残党狩りのための道具として使われる代物。イソグサと接敵した際に対抗策がない場合、連邦ではカイトのように呼吸を止めて、身動きも一切するなと教わるし、そのための訓練も士官学校で受けることになる。連邦の兵士ならまだしも、共和国の軍人であるカイトがその術を会得していることに、ファルは違和感を覚えた。


(もしかして、連邦軍の元兵士とか?)


 脱走兵も毎年数百人は発生し、その度に捕まっては処刑されている。そういう手合いなのではと疑ってしまったが、


(そんなわけあるか。だったら死ぬほど焦ってるだろ)


 まぁ、それはそうだ。脱走兵が人体実験の対象に偶然選ばれて現役の兵士と話しているなんて、生きた心地がしないだろう。


 二区画ほど離れた通りから、炸薬を使った突撃銃の銃声がパラパラと聞こえてきた。それに応戦するかのように、今度はプラズマ榴弾の炸裂音が響いて、また深夜の静けさが戻ってきた。


(友軍がいたみたいですね)


(どうでも良い。行くぞ)


 黒焦げの戦車の下から這い出る。ビルの崩れる騒音に紛れて通りを駆け抜け、横転したトラックの陰に身を隠す。


(さっきの戦車、この辺にどのくらいいるか分かるか?)


 カイトからの質問に、ファルは記憶を辿って応じる。


(イタクァの哨戒部隊は三輌編成です。一つの部隊で半径五キロ圏内を哨戒しているはずだから、接敵する可能性があるのは残り二輌ですね)


 近くにキャタピラの音は一つだけ。さっき出くわしたイタクァのもので、少しずつ遠退いていく。


(他に哨戒してる機械は?)


(あとは固定配置されてるメタノイドか、アトラク=ナクアですね)


 空中を滑空する機械のクジラだ。機関砲とプラズマ榴弾砲で武装し、兵器倉には最低六体のイソグサを常時格納している。イタクァを凌ぐ機動力を誇る上、見つかればイソグサまで展開してくるだけに、出くわすのは勘弁願いたいところだ。


(アトラクの生体観測機は正面しか観測できない。出くわしても物陰に隠れればやり過ごせるから、このまま進もう)


 そう決めて、トラックの陰から出て小走りに進むカイトに、ファルが咎めるように訊いた。


(あなた、ほんとに脱走兵じゃないの? アトラクって略し方なんか、まさに連邦の兵士って感じなんだけど)


(しつこいなぁ。そんなに気になるんだったらそっちで調べれば良いだろ?)


 それはそうだが。気になるファルに、辟易したようにカイトが答えた。


(昔お前のお仲間に教わったんだよ。帝国軍の特徴とか、身の隠し方とか。それを自分なりに実践してただけだ)


(あ~、なるほど!)


 ファルもようやく得心がいった。


 一〇年前、当時のレムナリア共和国の政権を担っていた左派政党は、海の向こうの帝国や、国境を接して敵対する諸侯連合への牽制策として、連邦との軍事的関係強化を図った。その一環として始まった取り組みが、市民への簡易的な軍事訓練だ。連邦軍監修のもとで行われたその訓練で、帝国軍と実際に戦争状態になった時の心構えを教えていたとなれば、カイトの知識にも納得できる。


 訓練自体はその後の政権交代で終わってしまったが、少なくとも三年は続けていたはずだ。その当時のことを今まで律儀にこなしていたとなれば、極秘の作戦を任されるほどに優秀な兵士になるのも自然なことだろう。


(カイトは素晴らしい軍人ですね。きっと共和国軍も、あなたのことを頼りにしてますよ!)


 心からの賛辞だった。簡易とはいえ、連邦軍の訓練を真面目にこなし、その結果として国家に貢献している。こんな素晴らしい兵士を抱えて、レムナリア共和国政府も鼻が高いことだろう。


(そりゃどうも)


 ファルの賞賛にカイトは素っ気なく応じて、先を急いだ。

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