第8話 最後の挑戦
九歳の時の決意を思い出して、ファルは自室で陰鬱なため息を吐いた。
叔母の言う通り、母は生真面目な人だった。娘の誕生日には必ず帰ってきて祝ってくれたし、その度に作る料理はファルの好物ばかり。家族の前では軍人らしさを完全に捨てて、母親として接してくれるのが、あの時は当然のことのように思っていた。
そんな母は九歳の誕生日を祝うことなく戦死し、ファルのもとへ帰ることはなかった。
自分に子供ができたら、こんな辛い思いはさせない。いつも子供の傍にいて、いつも見守ってあげて、毎年誕生日を祝ってあげる。そのために、ずっと連邦本土から出なくて済んで、ファルネーゼ家の人間として叔母に容認してもらえる参謀総局への入局を志望してきたが、そこが凡人を求めていない最精鋭の集団であることもまた事実だった。
高等士官学校で目立てなかったファルが参謀総局へ入るには、もう身内のツテでも何でも使うしかない。現役の父はただの事務職員だから頼れない。だからこそ総督である叔母の後ろ盾でねじ込んでもらおうと画策しての第三軍団への志願だったが、このままでは参謀総局どころか前線に放り込まれかねない。帝国軍と対峙する前線では、ファルのような華奢な身体と拙い潜伏技能では、叔母の言う通り長くは持たないだろう。
「絶対にやり遂げて見せる……」
決意を新たに、ファルは部屋を出る。
時刻は午前二時。叔母から与えられた最後のチャンスに挑む時間がやってきた。
「――じゃ、リベンジマッチといこうか」
昨日と同じ部屋で、同じベッドに横たわったファルは、同じヘッドギアを着けて、セルに頷く。
「お願いします、大尉」
「だから堅いってば~。同期なんだから、もうちょっと親しくしようよ」
セルは呆れたように笑う。
「通信機能をオンにするから、私もここでサポートするよ。まぁ戦ってあげたりはできないけど、昨日みたいなことにならないようにアドバイスはしてあげられると思うからね」
「あ、ありがとうございます!」
最後のチャンスに一人で挑む覚悟でいたファルは、セルからの申し出に思わず声を弾ませた。肩の力が抜けるのを自覚して、緊張しきっていたことにようやく自分で気付いた。
「あ、でも総督からの許可は……?」
「もらってないから、これ内緒ね」
いたずらっぽい笑みで答えたセルに、一転して罪悪感を覚える。あの叔母にバレたら、セルまで処分されてしまうではないか。
「大丈夫だよ、君が黙って成果を出せばバレないから」
「それは、そうかもしれませんが……どうしてそこまでしてくれるんですか? 下手したらあなたのキャリアにも傷が付くのに」
軍人らしからぬお人好しぶりに、さすがに違和感を覚える。ファルの問いに、セルは少し考えてから、
「まぁ、君みたいなお人好しはそうそういないしね。ここで死なせるのはもったいないかな、って」
「お人好しはセルの方でしょ……」
「いやいや、ファルの方だよ。現地人なんかほっといて先に進めば良いのに、危ないからって助けに行ったじゃない」
昨日の失敗を思わぬ形で蒸し返されて、ファルは眉を顰める。そんな顔を見たセルが補足する。
「あんなことができる人、滅多にいないよ。特に連邦軍には、ほとんどいないと思う。君が昨日やろうとしてたことって、軍人としては間違ってても、人間としては間違ってないんだよ。それなのに総督に見捨てられて死んじゃうのは、さすがにかわいそうだからね」
総督と二人、辛辣にこき下ろしていた相手からそんな風に言われると、ファルは気恥ずかしさに顔を赤くした。
「何より君は被験者として理想的だからね。背は小っちゃいけど身体能力が高いっていうアンバランスなところとか、総督の身内で弱みがあって扱いやすいところとか」
照れ隠しのような補足に、ファルは苦笑する。いずれにしても、そこまで高評価をもらっているのなら、それに応えたいという気持ちは変わらない。
「じゃ、そろそろ始めようか」
「はい、お願いします」
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