第7話 幼き日の決意
ムルス大陸とパトリア大陸の間に位置し、極北に横たわるセルペンス大陸は、一年を通して凍土で覆われている。だから、大陸の覇権争いに敗れてこの地に追いやられた者達は、誰もが洞窟に定住した。そして近世頃になると、洞窟を下に掘り進めていき、地下の暗闇の中で火を灯し、生活するようになった。
太陽嵐の直撃がもたらした混乱と停滞で、戦争と飢餓の中で世界の再編がゆっくりと進む中、自然生態の再現技術を確立したことで、セルペンスに存在した地下国家達は、地上と変わらぬ楽園を地面の下に作り出すことに成功した。同盟を結んで地下二〇〇〇メートルの深さに築いたそれは、一〇〇〇万平方キロメートルの面積を誇る、もう一つの地上。五〇〇〇メートルの高さの天井には人工太陽が煌々と輝き、地上の時間と連動して消灯する。川も海も造成され、広大な農地が開墾され、そうして築き上げられた地下の楽園は、二八億の市民を抱えるまでに成長し、その過程でセルペンスの国々は人種の壁を乗り越え、世界最大の国家・連邦となった。
この国に生まれた者は、十歳になったその日から生涯軍人であり、連邦という国家のために戦う戦士でなければならない。酷寒の凍土に追いやられた敗北者が生き延びるため、どの国も共通して守り通してきた反骨精神が結合して、連邦は正真正銘の国民皆兵国家となった。
ファルネーゼ家はその国是を、他の家庭と同じように守り続けてきた。革命で帝国を追われ、セルペンスに逃れた軍人の家系で、男も女も関係なく軍人として国家に忠誠を誓い、連邦の礎として命を散らしてきた一族。それがファルネーゼ家だ。
だからファルの母も戦場で死に、その死体も家族のもとへ帰ってくることはなかった。
「――前線に出る兵士には、よくある話だよ」
母の名前が刻まれた認識票を差し出す叔母は、これといった情緒を感じさせるわけでもない淡々とした口調で、ファルに告げた。
「現地の人間に肩入れして、必要以上に世話を焼いて、そして一緒に戦って死ぬ。軍人としてはよくある話だけど、まぁ国からすれば困ったものだよ。遠征軍の大隊長が、部隊と一緒に死ぬなんて。後任人事も大変だしね」
死んだ姉のことを思うより、軍務を憂える。それは連邦に生きる者の性のようなものと、ファルネーゼ家の人間として、ファルもよく分かっている。
「お前も来年からは兵士になる。身の振り方はしっかり考えておきな。母のように生きるか、父のように生きるか」
そう言って、叔母はファルの手のひらに姉の認識票を落とした。
踵を返して、軒先で待たせてある車に向かっていく。その事務的な後ろ姿を見送って、車が敷地から出ていくと、ファルは家に入った。
手のひらの認識票に、視線を落とす。叔母の手の温もりがまだ残る、銀色の認識票。刻まれているのは母の名と国民管理番号、血液型。それが、母がファルに遺した全てだ。
「遠征軍になんて、絶対入らない」
認識票を握りしめる。
「母さんみたいになんか、絶対にならないっ!」
爪を食い込ませるその手に、涙が零れ落ちた。
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