第6話 敗者の謗り

「――で、その結果がこのスカスカの報告書、と」


 セルベリアと二人、総督の執務室に報告書を提出に訪れたファルは、その内容に一分足らずで目を通した叔母からの落胆の声に、顔を俯かせた。


「私も驚きました。あんなの連邦うちで引っ掛かる人いたんですね」


「潜伏技能がD評価なのも頷けるね。あれじゃ対帝国の前線に送ったら、三時間と持たないよ」


 散々な評価に唇を噛む。だがそう言われても仕方のない失態なだけに、押し黙ることしかできなかった。


 帝国軍に人間はいない。戦車も航空機も潜水艦も、全てが無人の機械であり、機械軍の主力を担う歩兵はメタノイドという人型兵器だ。


 連邦を除く他国より三〇〇年進んだ技術を有する帝国の象徴ともいえる戦力で、地球外の金属で作られた堅牢な骨格を生体組織で覆い、その外見は人間そのもの。肌色も髪色も目の色も多様だが、一つ共通しているのは全ての個体が十二歳から十七歳程度の少年少女の背格好を模して製造されていることだ。


 子供の姿をした敵を攻撃することに人間が心理的抵抗感を抱くことを見越しての設計だが、どんなに愛らしくか弱い外見をしていようと、中身は機械。感情を持たず、人間の比ではない馬力と耐久力を誇り、それら機械の特徴を駆使して敵を抹殺する。主力兵器の電磁小銃レールガンの威力は連邦のそれを凌ぎ、旧時代の戦車など容易く貫通し、戦闘ヘリですら一発で撃墜してしまう。人間が撃たれようものなら、原型を留められれば御の字というほどの破壊力だ。


 座学で学んだし、仮想空間での戦闘シミュレーションでも散々相対してきた敵だ。それなのに何故あんなにも一方的に殺されてしまったのか、弁明しなければならない。


「囮を仕掛けるとは思わず、油断しました」


「メタノイドは人間を検知すると囮を仕掛けてくるって、座学でやるでしょ」


「いや、最前線じゃないからメタノイドがいると思ってなくて……」


「最前線じゃなくても哨戒用の歩兵は配置するでしょ。お前、軍を何だと思っているの?」


 ファルネーゼ総督の物言いは辛辣だった。基本的なことができていない姪っ子への失望感と苛立ち。それが滲む隻眼の眼光に、ファルは息を飲む。


「……まぁ、良いや」


 諦観したようなため息を一つ吐いて、総督は背もたれに身を預ける。


「私はチャンスを二度与える主義なの、ファルも知っているよね? だから今回もそうする。もう一度だけ、お前にチャンスをあげるよ」


「あ……ありがとうございます!」


 叔母からの温情と受け取って、ファルは頭を下げる。


 そこへ総督は冷徹に続けた。


「私が二度チャンスを与えるのは、そいつに期待しているからじゃない。二度失敗した間抜けは、殺処分しても誰も文句を言わないからだよ」


「え……」


「次もこんな体たらくだったら、その時はもうお前に用はないし、ファルネーゼ家の面汚しとして、処分させてもらう。最前線に生身で放り込んでやるから、そのつもりで励みな」


 ただの脅しではなさそうだ。連邦歴代三位の若さで軍団を率いる総督の座に就いた辣腕。片目を失うことも厭わず遠征軍に籍を置き続けた蛮勇。ファルネーゼ家始まって以来の暴君。そうした肩書と実績の数々を、姪であるファルはよく知っている。


「最善を尽くします、総督」


 震えそうになる声を飲み込んで、そして静かに深呼吸してから整えた声とともに、ファルは敬礼をした。

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