第3話 セルベリア・シフォン

 そうは言っても、明けない夜がないように、沈まない太陽もない。


 午前二時。命令通り、艦橋八階の研究所を訪ねたファルを迎えたのは、見るからに理系のギークといった風情の女だった。


「セルベリア・シフォン大尉です。初めまして、総督の姪っ子さん」


 白髪をゴムで結った眼鏡の女は、まるでトレードマークのつもりであるかのように白衣を着ていた。その下は灰色のセーターで、下は黒のペンシルスカート。軍人というより研究所に籠りきりの学生といった風情で、太い眉をキリっと吊り上げたその顔には自信が溢れている。


「ファルブリア・ファルネーゼ軍曹です。昨日より着任いたしました」


 ビシッと敬礼で応じたファルに、大尉はめんどくさそうに手を振った。


「あぁ、私は同期だから、そんな堅苦しい挨拶しなくて良いよ。階級とかも気にしなくて良いから」


 この年齢で大尉の位に就いているとなると、飛び級を繰り返して前倒しで技術将校になった手合いだ。凄まじく優秀な同期を前に、ファルは思わず緊張してしまう。


「私のことはまぁ、セルとでも呼んでよ。君のこともファルって呼ぶから」


「いや、そういうわけには……」


 軍務の中では考えにくい、緩やかな空気。それに戸惑うファルに、


「じゃあ命令ってことで良いよ。はい、セルって呼んで」


 眼鏡を押し上げて、得意顔で促す大尉。ファルは渋々、その命令に応じた。


「じゃあ、何をすれば良いんですか? セル」


「堅苦しいけど、まぁ一旦は良いでしょう。ついてきて」


 セルが先導して、通路を進んでいく。軍艦の中とは思えない、白くて平坦な幅の広い通路には、二人を除いて人の気配はない。


「私はナノマシン工学を専攻してきて、ここでは特に医療分野の研究をしてるの。だから、君に手伝ってもらうのも、そういう研究の一環だと思ってくれたら良いよ」


 ナノマシン医療は第三軍団が力を入れている研究分野だ。特に叔母が総督に就任してからは本国の有望な学生を引き抜いて、多額の予算を注ぎ込んでいると聞く。セルもそうやって今の地位に就いた手合いだろう。


「ファルは今の戦況は把握してるのかな?」


 道すがらの雑談か、それとも試しているのか。セルからの問いかけに、ファルはすぐさま応じる。


「ノーマン海岸から上陸した帝国軍の総戦力は一個師団相当で、現在レムナリア北部の東コルシア、ラズデン、パーシアの三地方を占領中。三日前に合流した第三軍団による戦術核攻撃によって、敵の残存戦力は推定で二個大隊まで損耗し、さらに制海権を確保したことで帝国本土からの増援を妨げることに成功している。そうですよね?」


「良いね、完璧」


 満足気に頷いたセルは、続けざまに訊いた。

「この戦争いつ終わると思う?」


 曖昧な問いかけに、しかし総督の補佐役を担うつもりで来たファルは答えを用意していた。


「第三軍団は物資と装備の提供、主要都市の治安維持への助力に支援を限定していること、また共和国軍の練度が低いことから、帝国軍相手に攻勢を仕掛けて領土を奪還することは困難と見られます。したがって、帝国に制海権を奪われない前提にはなりますが、敵戦力が完全に停止する三ヶ月後が終戦の目途と考えます」


「あぁ、今の回答は落第だね」


 鼻で笑われて、ムッとするファルに、セルは気にする様子もなく私見を返す。


「この戦争、もっと早く終わっちゃうよ」


「連邦軍に攻勢計画でもあるんですか?」


 ファルの質問に答える前に、セルは目的地に着いて足を止めた。

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