第2話 当惑

 乗組員の居住スペースは母艦後部に位置している。ファルに割り当てられた部屋は四人部屋だが、相部屋になるはずの三人は先んじてレムナリアの基地に向かったらしく、貸し切り状態だった。


 リヴァイアサン級母艦は四万人の乗組員を擁し、陸軍の兵員と装備を一五万人分運搬する能力を有している。さらには母艦の護衛のために四つの空母艦隊を従えることで、陸・海・空で総勢四〇万人の一個軍団を形成している。母艦一つで大国の軍に匹敵する戦力を運用しているのは、連邦が正真正銘の国民皆兵国家であることの証左だ。


 満十歳から男女を問わず一人の兵士として扱う連邦にあって、ファルブリアは家柄相応に目立ってきた。初等士官学校では首席だったし、戦地での実地研修も成績優秀者として表彰された。だが高等士官学校では指揮官として評価されず、結果配属されたのは全く不本意な連邦遠征軍。死と隣り合わせで、時に何の思い入れもない他国の人間のために死ななければならない遠征軍への配属は、参謀総局を志望した彼女からすれば、不本意極まりない結果だった。


 そこから再起をかけたレムナリア共和国支援プログラムへの志願だったが、思惑通りに進むことはないのではないかと、自室の丸窓から共和国の港を眺めつつファルは憂慮していた。


「研究所で何させられるの……?」


 総督である叔母に推薦状を書いてもらえれば、参謀総局への異動は間違いなし。身内贔屓も縁故も、全てを受け入れている連邦軍にあって、ファルの思惑は何ら咎められるものでもなかったが、今となってはどんな仕事が対価として提示されるのか、不安で仕方ない。


 思い描いていたのは、戦況分析と総督への助言で実績を挙げ、それを手土産に参謀総局へ異動、という筋書きだ。親族の威光だろうが、この戦線で参謀として活躍できれば、異動した後に実力を疑われることもない。完璧なシナリオだった。


 それが早々に挫かれた今、丸窓の向こうに見えるレムナリア共和国の港町の景観は、何ともちっぽけでくだらないものに見える。


 二週間前、帝国が突然侵攻を開始したのは、ここから四〇〇キロ離れた海岸だ。動機は不明。帝国の領海との間に広がる海峡付近のメタンハイドレート鉱脈を狙ったものと共和国政府は主張しているが、それが間違った分析であることは確かだ。


 一〇〇年以上前に連邦との宇宙開発に関する条約を除き、全ての国際関係を断絶して鎖国を始めた帝国は、以来自ら戦争や侵略を行うことも、逆に人道支援や国際協力に参加することもなく、本土であるパトリア大陸に籠っている。鎖国以来の戦争は全て、相手の先制攻撃に対する報復であり、そうでなければ何が起きようとも反応を見せないのが帝国だ。


 そんな帝国が領土侵攻を行い、今も占領し続けている。この原因を究明することで、この侵攻の終結に貢献することができる、というのがファルの見立てだ。


 この功績で参謀総局への栄転も叶うはずと見込んだが、現実は研究所で得体の知れない実験の手伝いをさせられるとなれば、気落ちもするというもの。成果という宝が眠るレムナリア共和国の港が、今では随分と色褪せて見えた。

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