第14話 白狐少女の生い立ち






「私の話かぁ……。まあ、見ての通りなんだけどね?」


 そう言ってサヤは、自分の獣耳に触れる。

 すかさずリノが馴れ馴れしくも、ねーねー私も触っていい? と言いながら返事も聞かずに触り出した。


「あんっ! ちょ、お願いやさしくね? 意外と敏感なんだからぁ」

「ああー。気持ちええのー」


 ふむ。


 俺も正直、触りたい。

 確かにサヤの耳と尻尾は白くてふわふわで触り心地が良さそうだ。

 いや、実際、触り心地は良かった。

 そういえば山の上で耳には触ったのだった。

 しかし、俺は冷静に考える。

 残念だが俺が、リノのように、なんだかんだ仲良しっぽい雰囲気で触ることのできる可能性は皆無だ。

 触ることはできる。

 できるが、確実に軽蔑される所業となる。

 現代の賢者として、考える男として、俺の生き様にも反する。

 尊敬や信頼は崩れ去ることだろう。

 一時の欲望に身を任せ、それらを失うなど、言語道断。

 しかし、だ。

 考えるもでもなく、俺とリノは今朝出会ったばかりだ。

 築いてきた尊敬や信頼など、皆無。

 サヤについても同様。

 であれば……。

 一時の欲望に身を任せてもふもふしたところで、何を失うというのだ?

 俺に損はない。

 むしろ素晴らしい思い出が生まれる。

 さすがは俺。

 冷静で的確な分析だ。


 ふむ。


 となれば、触るか。


 俺は――。

 触りたい!


 しかし残念ながら、時すでにお寿司だったようだ。


 リノに尻尾をもふもふされて、時々、甘ったるい声を出しながらも、サヤの話が始まってしまう。

 俺は仕方なく話を聞くことにした。


「私の一族はね、古く奈良時代から続く退魔の家系なんだけど――。

 力を得たキッカケというのが、妖狐との結婚だったの。

 その血は、さすがに今ではかなり薄まって、表に出てくることはまずなくなっているんだけど――。

 希に始祖の血が表に出てくる子が生まれてね――。

 それが私ってわけ」


「実に興味深い話だが……。おまえはあの古い神社を家と言っていたな。どうしてあんな場所に住んで――」

「あんっ! ちょ、そこやめてお願いっ!」

「よいではないかー。よいではないかー」

「あああんっ!」

「おい、リノ。最強無敵のリノさまよ」

「なんですかー。今、忙しいの。後にしてくれる?」

「俺にも触らせてくれ」

「いいけど。高いよ?」

「いくらだ!」

「えっと……。じゃあ、千円?」

「よし、買った!」


 それならば俺も触るぞ!


「では、ない!」


 思わず俺はセルフツッコミした。

 いかん。

 なにを乗せられているのだ俺は。

 俺は現代の賢者。

 まさにこんな時こそ明鏡止水の心で乗り切らねばならない。


「コホン。いいからリノさま、いい加減に離れなさい。でないと話を進められないではないか」

「どうして?」

「あのな。そんなエロい喘ぎ声を出され続けて冷静沈着でいられる男がどこの世界にいるのか! ここには一人いるがな」


 まさに俺だが。


「ならいいじゃん。がんばって?」

「ああああんっ! も、ちょ、そろそろ許してリノぉぉぉぉ!」

「くふ。くふふふ。だいぶわかってきたぞー。ここじゃろ! この付け根のところがたまらないんじゃろ!」

「いやあああああんっ!」


 俺は静かに立ち上がり、リノの首根っこを掴んだ。

 そのまま持ち上げてソファーに落とす。


「なにするのよー」


 リノが不満げに唇を尖らせるが、これでも飲んでろとグレープジュースを手渡すと大人しくなった。


 で、俺はようやく話を聞くことができた。


「山に住んでいた理由かぁ……。私、一人で、あの場所を管理していたんだけどね……。気持ち悪いから追い出されたっていうのが本当なのかなぁ……」

「それは家からか?」

「うん。そう」


 うなずいてから、しばらくの間を置いてサヤは話を続けた。


「私、ここに来て今の高校に入るまで――。

 今ならわかるけど、ずっと山の奥で幽閉されていてね――。

 最初、不満はなかったのよ?

 お世話してくれる人はいたし、なにより私と同じ始祖帰りの子がいて、いつも二人で仲良くしていたし。

 でも、五歳になって、初めて親戚の集まりに出た時、私達が実は他とは違う存在なんだっていうことに気づいて。

 今でも覚えてるかなぁ。

 挨拶したら、その後で、バケモノが、って小さく言われて。

 私、耳がいいから、聞こえちゃったのよね。

 そうすると、みんなの視線や態度が、ハッキリと私を気持ち悪がっていることが理解できちゃってね」


「ふむ。それはなかなかに悲惨な幼児体験だな」


「あはは。まあ、そうだったかもね。でも私は気づかないフリをして来た。だって本当に嫌われるのが怖かったから。気づかないフリをしていれば、少なくとも表面的には普通に接してもらえたしね。それから私は一生懸命修行して、たくさんの術を覚えて、妖狐の姿を隠す術も身に着けたの。それで十五歳の時に一人前と認められて私は仕事を与えられた」

「それが、あの山の管理か」

「うん」

「仲の良かったもう一人の子とやらも、仕事には就いたのか?」

「うん。就いたよ。お互い頑張ろうって約束したんだ」

「そうか。友がいるのは素晴らしいことだな」


「と、友人ゼロの皇帝陛下が言っております」


 俺は真面目に言ったのに、リノが横からケラケラと茶々を入れてくる。





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