第13話 ダークパワーを知ろう
白髪のサヤが元の衣服に着替えて戻ってくると、ソファーに横向きに寝転んで完全にだらけたリノが、
「ふぁ~あ。じゃあ、テキトーにタクヤのことでも話そっか」
と、本気でどうでもよさげに、あくびまじりに言った。
早くも羞恥心は完全回復したようだ。
俺はタクヤ。
現代の賢者。
これくらいで怒るほど俺は短絡的な男ではない。
――ではないが、
「おい、リノ。リノさまよ」
「なぁに?」
「君達は俺に、何か言いたいことはないのかな?」
「はぁ? そんなものはありませーん」
「サヤさんはどうかな?」
「もうどうでもいいから」
サヤが肩をすくめて、ガラステーブルの前に座った。
「君達。先程から俺が大人しくしていれば、ついにはテキトーだのどうでもいいだのこの俺のことを少し蔑ろにしてやいませんかね?」
「少しじゃありませーん。心からでーす。だいたいタクヤくん、いつどこで大人しくしていたんですか教えてくださーい」
この野郎っ!
俺には、人の気持ちを思いやれだの言っておきながら!
自分はいけしゃあしゃあと!
今度こそダークパワーでお仕置きしてやる!
と思ったところで、
「よっと」
スカートを翻して、リノが身を起こした。
ソファーに足を組んで座る。
そして、ドヤ顔で語った。
「タクヤくんのことだけど、サヤがタクヤくんに感じた何かは、タクヤくんの中にある空の器だったのね。
空だから何の属性もなくて、魔力感知してもよくわからない。
でも、空洞はあるわけだから、反響は感じる。
そして、私にもそれはわからなかったから、とりあえず、お祓いしてみようかってことにしたんだけど――。
タクヤくんの器は空だったから、封印の地にタクヤくんの邪気を流し込むどころか、逆に、凝縮されていた闇の力を吸い込んでしまったわけ。
まさに真空力ね!
タクヤくんの空の器は広大だったから、もうそれこそ全部。
そうしてタクヤくんは、見事に闇の魔力を手に入れたというわけ」
「タクヤの心身は大丈夫なの?」
サヤがたずねる。
あれほど「さん」をつけろと言ったのに、普通に呼び捨てだ。
しかし俺は冷静にスルーする。
何故なら今は、俺の身にかかわる大切な話の最中だ。
「まあ、アレね。こういうダークパワーっぽいものって、闇の者が持つと頭がおかしくなって死んで騎士が持てば逆に最強に見えるっていうけど……。タクヤくんはどちらでもないよねぇ」
「確かにな」
俺はうなずいた。
客観的に見て、俺は最強ではない。
とはいえ、頭がおかしくなって死んでいるわけでもない。
「元から頭がおかしいから、これ以上、おかしくなりようがなかったんじゃないのかしら?」
「んー。それはあるかもだねえ。まあ、なんにしても、私が見る限り、完全に馴染んで適合しているから問題はないと思うよ? タクヤもさっきから普通に使いこなしているしね」
「それはそれで問題だと思うけどね」
「まあねー」
サヤがため息をついて、リノは気楽に笑った。
ふむ。
俺は自分の手のひらを見る。
たしかにリノの言う通り、俺は違和感もなく、そういえばダークパワーを使いこないしている。
「なあ、リノ。ダークパワーを手に入れたということは、もう俺は魔王なのか?」
「まさか。闇の魔力は闇の魔力だよ。魔王の力とは別物。闇は、ちゃんとこの世界にある属性のひとつだよ。魔王の力は、邪神の力。この世界ではない別の世界から流れてくる力なの」
「そうか……。では俺は別に、ダークパワーを持ったからと言って、魔王になれるわけではないのか……」
「なにその、なれなくて残念みたいな言い方は」
リノが疑わしげに睨みつけてきた。
「ねえ、リノ。私も聞いていいかしら。……あのさ、飛び出した妖異って、どうなったのかな?」
「ああ、それもあったね。ちゃんと消したから安心してもいいよー」
「そっかー。ありがとー」
「ただ、一匹だけ取り逃がしたけど……」
「そうなんだ……」
「小物だったから後回しにしていたら隠密状態になられちゃってね。追いきれなかったんだよ。ごめん」
「ううんっ! とんでもないわ! 本当にありがとう! リノには感謝してもしきれないわ!」
立ち上がってリノの手を握り、サヤが深々と頭を下げる。
「なあ、リノ。君は、あの短時間で百以上の妖異を退治したのか?」
「うん。さすがに正直、魔力が切れかけたけどね」
「……なかなかにすごいな」
「もー。だから言ってるでしょー。私は、なんでも願いを叶える、最強無敵の魔法使いなんですー」
「俺の願いはひとつも叶えてもらっていないがな」
「それはタクヤが、胸を触らせろだの、結婚して好きにさせろだの、変なお願いばかりするからでしょー」
「え。ねえ……。聞きたいことはいろいろあるけど……。胸? 結婚? どういうことなのそれ?」
「聞いてくれるー! 私ね、実は、これは秘密なんだけど、異世界からタクヤを救うために来たんだけどね――」
この後、リノは俺達の事情をペラペラとしゃべった。
サヤは驚いたが、概ね信じたようだ。
俺は黙って聞いていた。
ただし当然ながら、胸に関する件については、完全なる誤解であり、俺こそが被害者であることは主張させてもらったが。
サヤは、実は白狐娘という秘密を抱えている。
白い髪には白い獣耳があって、臀部からは白い尻尾が伸びている。
それは明らかに普通の人間とは異なる外見的特徴だ。
その秘密とのバランスを取って――。
サヤを気楽にさせるために、リノはあえてしゃべったのだろう。
どこからどう見ても単に愚痴を言っているようにしか見えないのは、きっと俺の気のせいのはずだ。
いくらリノでもそこまでバカであるはずがない。
ということにしておいた。
茶々を入れたところで、話が逸れるだけだ。
「……まあ、だいたいわかったけど。しっかし、リノの力をずっと利用したから結婚だなんて、ホント、最低ね」
「最低ではない。なんでもというから、俺は願ったのだ」
「うわ。開き直った」
「もちろん、それだけではないぞ? 考えてもみろ。現状、カノジョどころか友の一人すらいないこの俺が、リノのような美少女と、この先、出会って親しくなる可能性があると思うか? 絶無である、と、俺は断言しよう。なれば、なんでもついでに伴侶を得たところで俺に損はない。そういう合理的な判断があればこそ俺は結婚を申し込んだのだ」
「……あのお、タクヤくん?」
「なんだ、リノ」
「私、今、ものすごく恥ずかしいんだけど……。一応、けっこう真面目に考えていてくれたんだね……」
リノが頬を染めて、上目遣いに俺のことを見てくる。
「騙されちゃダメよ! リノ! ただの打算だからね、打算!」
「ハッ! あぶなっ! 私、今、チョロインになりかけてた! あやうくタクヤくんのことを見直すところだったよ!」
俺はコホンと息をついた。
「さて。話も進んだところだが――。サヤ、今度はおまえの話を聞かせてもらうことはできるか?」
「え。私……?」
「ああ。言いたくなければ無理にとは言わないが、知れば力になれることはあるかも知れない」
「貴方……それって……」
「ダメ! 騙されちゃダメだよ、サヤ! こいつのはただの下心だから! サヤをいいようにしたいだけなんだから!」
「そ、そうね……。ごめん。また引っかかるところだったわ……」
「おい。こら。おまえら、俺をなんだと思っている」
「エロスケベ?」
「そうね」
リノが首を傾げ、サヤは同意した。
まあ、いい。
とにかく話は聞かせてもらえることになった。
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