第12話 ざこざこキックの秘密




「ざーこ。ざーこざーこ」


 俺は長い髪の美少女から罵声と軽蔑の眼差しを浴びながら、蹴られるままに体を揺らす。

 俺はただ、無言で、まっすぐに前を見つめた。

 前回はこうして、眼の前の白い領域を心のメモリーに収めつつ。

 俺は冷静に考え――。

 まさに賢者となり。

 知性と理性のかたまりとなって、的確に判断を下した。

 こいつに付き合うのは時間の無駄だ。

 願いなど叶うはずもない。

 そう結論を出し、ざこざこキックを中断させ、リノの額に粗大ごみシールを貼ったものだが。


「ざこざこざこ」


 考えてみれば、これもまた、俺の願いなのかも知れない。

 我が人生、十年と半ばを過ぎ。

 これはまさに生まれて初めての経験と言えた。

 こんなにも間近で、こんなにも堂々と。

 決して普段は見ることなど叶わぬ――。

 いや、見たいと思う相手すら、俺のまわりにはいなかったが――。

 今、俺は――。

 望み、そして、見ている。


「ねえ、タクヤ。私、いつまでざこざこしてればいいの? もうそろそろちゃんと反省しましたかー?」

「反省、か。ふ。人生とは栄枯盛衰。わからないものだな」

「だーかーらー! もう、ほんとにざこなんだから!」

「ぶほっ!」


 な、なにィィィ!?


 短気を起こしたリノが、いきなり距離を詰めて……。

 正面から、俺の頭に足を巻き付けてきた。


 これはあれか!


 プロレスで言うなら、フランケンシュタイナーの体勢!


 視界が一気に白へ、そして滲んだ闇へと染まる。

 息が詰まる。

 しかし、不思議と苦しくはない。

 むしろ温もりと柔らかさが、俺の世界をふんわりと包んだ。


 たとえるならば、そう――。


 ここは――。


 シュークリームの中か……。


「もー! キツイ言い方してごめんね、キミも失敗して大変だよね、って少しくらいは慰めてあげなよ! なんでそう、自分のことばっかりなの! 少しでいいから優しくしてあげなよ!」

「ちょっとリノ! なにやってんの、貴女!」


 サヤが大きな声を上げる。


「なにって! お説教をしているんです! ざこざこタクヤくんに!」

「ちがうって! 貴女、よく見て自分を!」

「え?」


 沈黙が降りた。


 やがて俺は、シュークリームの世界から解放された。


 床に降りて正座してリノが、顔を真っ赤にして、コホン、と息をついた。

 そして意味不明に言い訳しようとする。


「い、今のはちがうから……! ちがうんだからね!」


「まあ、なんだ」


 ありがとう。

 そう言いかけて俺は、サヤに向き直った。


「コホン。たしかにリノの言う通りだ。俺は言いすぎたようだ。ここに頭を下げて言い過ぎを詫びよう。サヤ、君も大変だな。気を強く持ってくれ。君の幸を俺は祈らせてもらおう」

「ええ……。ありがとう……」

「というわけで、リノ。俺は目が覚めた。ありがとう」


 俺はリノにも頭を下げた。


「う、うん。わかってくれればいいのよ! わかってくれればね! ホントにタクヤくんはざこざこなんだから!」

「……ちなみに、リノ」


 サヤが言う。


「なに……?」

「今さら言うことでもないんだけどさ……。一応、伝えておくわね……」

「なぁに……?」

「さっきの、ざこざこキック? あれも、丸見えだからね」

「なにが……?」

「だから……。ぱんつ……。正面からだと……」


 サヤが恥ずかしそうに伝える。


 リノは、少し考えて――理解したようだ。

 反射的に隠すような仕草をするが、すでに意味のない行動だ。


 やがて、俺の方を見た。


「ねえ、タクヤくん……。知ってた……?」

「知らんな」

「知ってたよね……?」

「君が、わざとかわざとではないのか、なんて、俺は知らないが」

「だ、だよねー」


 あははは。


 リノは笑った。

 仕方ないので俺も付き合って笑ってやった。


「しねやぁぁぁぁぁあああ! エロスケベがぁぁぁぁぁぁぁ!」

「わがせいしゅんにさかえあれぇぇぇ!」


 俺は叫びつつ。


 家を突き破って、再びリノの蹴りで夜空へと飛んでいった。





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