第9話 鬼の嵐!





 ダークパワーの万能感に浸る俺に恐怖心はなかった。


「おい、貴様! 俺を見ろ! 俺のことがわかるか? 俺こそが魔王! 貴様らの王たるタクヤ様だ! ひれ伏すが良い!」


 俺は叫んだ。

 とりあえず叫んでみた。

 何故ならば、俺は魔王。

 そう呼ばれる存在になるとリノは言っていた。

 であれば。

 凶悪そうな鬼とはいえ、俺の配下。

 そう考えることはできる。

 これは冷静にして的確な判断による結果の叫びなのだ。


 さあ。


 どうだろうか。


 身の丈三メートルはある赤肌の鬼が、ゆっくりと俺に目を向けた。

 空洞のように不気味な暗い目だった。


 恐怖と緊張の中、俺は息を呑む。


 次の瞬間、丸太のような腕が容赦なく俺に振るわれた!

 俺は咄嗟に両腕をクロスした。

 振るわれた腕を受け止める。

 そのまま俺は、まさに紙くずのように吹き飛ばされた。

 境内の建物の壁を突き破って、中に転がる


「ぐほぅ!」


 体中の空気が一度に出ていくような衝撃だった。

 全身が燃えるように熱い。

 視野がフラッシュして真っ白に染まった。


「けほっ……。けほっ……」


 俺は必死に身を返して、四つん這いになった。

 膝に手をついて、力を込める。

 ダークパワーは鬼の攻撃を跳ね返すことこそできなかったが、しかし確実に俺の体に作用しているようだ。

 何故なら、衝撃こそあったものの、俺に外傷はなかった。

 普通なら死んでいるか重傷だろう。


 しかし、どうやら俺は、魔王ではないのか。

 鬼に従う様子はなかった。

 残念だ。

 従うならば、さぞかし愉快なことができたものを。


「久々利くん……? ああ、なんてこと……」


 境内からサヤの声が聞こえる。


「鬼ぃぃぃぃ! 貴方の相手はこの私よ! こっちを……み、ろ……」


 叫んだサヤの声が、いきなり小さくなる。

 萎縮したか。


 メキメキと、樹木が悲鳴を上げるような嫌な音が聞こえる。

 その後、ぶうんという重い風切り音と共に――。


「きゃあああああ!」


 サヤの悲鳴が響いた。


 俺はどうにか建物の中で立ち上がる。


 建物の中は、ここは家だろうか。

 生活感のある部屋だった。

 机があって、棚があって、いくつかのタンスがあって――。

 俺はタンスのひとつに直撃したようで、あたりには木片と共にタンスの中身が無惨に散らばっていた。

 ふと見れば俺は薄い布切れを握りしめていたが、それがなんなのかをよく確かめている余裕はない。

 とりあえずそれはズボンのポケットにしまった。


 破壊された壁ごしに俺は、鬼が引き抜いた桜の木を振り回して、滅茶苦茶に暴れている様子を見た。

 灯籠を破壊し、拝殿を破壊し、やりたい放題だ。


 サヤは――。


 カメのポーズで完全ガード体制か。

 怯えて震えている。


 俺は息を整えつつ、壊れた壁から外に出た。

 夕暮れから夕闇へと変わりつつある薄暗い空に目を向ける。

 リノの帰ってくる様子はない。


 俺が推定するところ、リノは極めて強力な戦闘力を有しているのだろう。

 妖異など、それこそ一刀両断できるほどに。

 そして今、日本中に飛び出していったであろう妖異達を追いかけて、空の彼方に飛んでいってしまった。

 しかし、おそらく、しばらくすれば帰ってくる。

 俺のことを心配してくれるだろう。


 ふ。


 俺ともあろう者が、今朝から恐ろしいほどに振り回されているだけの粗大ごみ系美少女に、思わず信頼感を抱いてしまうとは。


 おっと。


 のんびりしている暇はない。


 鬼が、カメの防御を取って震えている白耳白尻尾の狐少女に気づいた。


 容赦なく叩き潰そうと、両腕で桜の木を振り上げた。


「鬼! 俺様はここだぞ! びびってんのか! かかってこい!」


 俺は声を張り上げた。


 よし。


 鬼の注意を引くことには成功した。


 鬼が、振り上げられた桜の木を、俺に向かって投げつけてくる。


「おっとぉぉぉぉ!」


 俺は全力で横に跳んだ。

 桜の木が凄まじい勢いで建物に直撃して、建物が破壊される。

 俺は、躱すことができた。

 我ながら驚いたが、ひとっ飛びで境内の隅にまで飛んで、山の樹木に肩から直撃して死にかけた。


「ぐはおっ!」


 なんとも情けなく、また俺は崩れたが――。

 まだ立つことはできた。


 鬼が、身のすくむような恐ろしい咆哮を上げる。

 それに驚いて山から鳥が飛び立つ。


 俺はその隙に動いた。

 震えて動けないでいるサヤのところに駆け寄る。


「おい、しっかりしろ! 立て!」

「無理……。むりぃ……」

「ああ、もう!」


 俺は仕方なく、強引にサヤを抱きかかえた。

 軽々と持ち上げることができた。

 サヤは嫌がることなく、むしろ全力で俺に抱きついてくる。

 サヤの下半身が濡れている件については気にしないでおく。


 さて、逃げるか。


 問題はどこに逃げるかだ。


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