第8話 破られた封印





「こ、これは――。ごめん、リノ! ちょっと手伝ってもらえる?」


 すぐそばにいるはずのサヤの声が不思議と遠い。


 おいこれは本当に大丈夫なのか!?


 俺の意識に、どんどん闇が広がっていくのだが!?


 俺はもがいたが動けない。


 しかも声が出ない。


「リノ! 思ったよりも、ていうか、こいつ、どんだけ深いのよ! 底が知れずにどんどん引っ張られて! リノー!」

「んあぁ? へ!?」


 うおおおおお……。

 なんだ。

 なんだこれは。

 力が漲る。

 全身がまるで風船のように膨らむかのようだ。

 俺はついに、ロープを引きちぎった。

 この感覚はまるで、本当に、俺が闇の力に目覚めて魔王になるかのような万能感を覚えるものだった。

 膨れ上がった闇が迸るままに、立ち上がって吠える。


「うおおおおおおおおお! ダークパワー!」


 次の瞬間だ。

 足元の大岩が割れた。

 まさに暴風といった黒い衝撃波が俺を中心に逆巻き――。

 足元から泥のようなかたまりが次から次へと飛び出して、夕暮れの空の彼方へと消えていく。


「あ、あああああ……」


 泣きそうな声を上げて、サヤがその場にへたり込む。


「大丈夫!? どうしたの!?」

「リノ……。封印が、解かれて……。妖異が空に……」

「任せて! 全部倒せばいいんだよね!?」

「う、うん……。でも、そんなこと……。私、とんでもない失敗を……」

「任せて!」


 リノがどこからか、光り輝く細身の剣を抜いた。

 見るだけでも圧倒される――。

 闇の力のすべてを斬り裂くかのような、それはきっと、神剣だった。


 その剣を手に、リノは放たれた矢のように空に飛んでいった。


「ふううううううう」


 俺は大きく息をついて、溢れた力を収めた。

 心臓が激しく脈打つ。

 俺はそんな中でも、冷静に状況を確認した。


 俺はどうなった?


 見た目的には、変わっていない様子だ。

 ただ体の内側には力が溢れている。

 凄まじい万能感だ。

 これならば、本当に魔王――世界征服すら出来てしまえそうに思える。


 そして、どうやらサヤは、本当に退魔師か何かだったようだ。

 本当に術を行使して――。

 失敗した。

 封印されていた妖異達が、空へと解き放たれたのだ。

 俺の体には、連中の闇のパワーが入り込んで、見事に俺はそれを吸収して我が物にしたといったところか。

 なにしろ俺は見事に俺のままだ。

 さすがは俺。

 現代の賢者を名乗るだけはある。


 俺は、へたりこんだままのサヤに目を向けた。


 サヤは、変貌していた。

 髪の色が白い。

 その白髪には獣のような白い耳が生えていた。

 羽織った上衣の裾からは、白い尻尾が顔を覗かせている。

 それは、どちらも狐のものに似ていた。


「おまえ、その姿……」


 思わずつぶやくと、ハッと顔を上げたサヤが俺の視線に気づき――。

 白い尻尾が出ていることに気づいて――。


「見ないで! これは、これは違うのっ!」


 上衣で尻尾を覆い、両手で耳を隠そうとした。


「安心しろ。別に驚いていない」


 なにしろ俺は、とっくに自称異世界人のリノと出会っている。

 この世にこの世ならざるような存在がいても、今更、驚きはしない。

 むしろ素晴らしいと思える。

 そもそも俺は冷静の権化とも呼べる男だ。


 とにかく、話を聞かせろ。

 おまえのことはいいから、俺のことを。


 俺はそう言いかけたが――。


 どうやら、残念なことに、そんな余裕はなさそうだった。


 割れた岩の隙間から――。

 巨大な何者かが、のそりと身を起こした。

 燃えているかのように逆立つ赤い頭髪が、最初に目についた。

 それは――。

 俺のゲーム的な知識で言うのならば、オーガ。

 この場合は鬼と言った方がいいのか。


 額に二本の角を生やし、筋骨隆々とした赤肌の体にボロ衣をまとった――。

 身の丈三メートルはあるバケモノだった。


 ふむ。


 どうしたものか。




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