第7話 気がつけば山の中



 俺は冷静に状況を確認する。


 まず、俺は拉致されて、山の中に連れてこられた。


 大きな岩の上に寝かされて、地面のペグから伸ばされたロープで縛られて身動きはできない。


 その犯人は――。


 魔法学院の衣装に身を包んだ長い髪の美少女と。

 いかにも勝気な美少女。


 ふむ。


 客観的に見れば、俺は両手に花のようだ。


 まあ、我ながら、そんなことを思っている場合ではないが。


「久々利くん、痛いのは少しだけだから我慢してね。たぶん、最後にはスッキリできると思うから」


 そう言うヤツ――サヤは、いつの間にかパーカーを脱いで、代わりにシャツの上に薄緑色をしたまるで巫女衣装のような上衣を羽織っていた。その手には神事の時に使う紙の付いた棒があった。


 リノは、少し離れた拝殿の縁側に座っていた。

 呑気にあくびをしている。

 完全に他人事だ。

 その姿を見て、さすがの冷静な俺も怒りを覚えずにはいられない。


「おい、最強無敵のリノさまよ。これは一体、どういうことだ?」


 しかし俺は、現代の賢者。

 それでも冷静に話しかけることは忘れない。


「ふぁ~。ん~?」

「寝る前に答えてくれると嬉しいのだが?」

「いやー、うん。ね。タクヤくんも男の子なわけでしょ? だからさ、出すものを出せば大人しくなるなーかと思って」

「何の話だ……?」

「え?」

「え、ではない。俺が言っているのはエロゲの話ではないぞ」

「わかってるよー。なんでそこでエロゲとか出てくるわけー」

「いや、君があえて、男子の事情を知った上で、下ネタで俺をからかっているのかと思ってな」

「え? あ」


 自分の言葉の意味に気づいたのか、みるみるリノの頬は染まった。

 距離があるので見えているわけではないが、そんな感じに照れたのは不思議とよくわかる俺は観察力抜群の男だ。


 そもそも染まっていると言えば、空だ。


 空が紅い。


 すでに夕暮れだ。


「とりあえず照れなくていいから、俺が立ち上がるのを手伝ってくれ」

「え……。立つのを手伝えって……。変態! 変態! エロスケベ!」

「おい。ふざけるのもいい加減にしろよ」


「不安なのはわかるけど、安心して。ここは我が四十宗家が長年に渡って管理してきた霊場のひとつだから」

「逆に不安なのだが?」

「ここはね、その昔、私の偉大なる始祖様が、このあたりで悪さをしていた百八匹の妖異を誘い出して封印した場所なの。今、君が寝ているのが、その要石でね。しかもこの山には神様級の悪霊すら眠っているって伝承もあってね。今でもここで呪術を行使すれば、最大の力で、地脈から必要な力を引き出したり、逆に不要な力を吸い込ませたり、いろいろとできるの」

「明らかに危険だろう、それは」

「任せて。そのために私は厳しい修行をしてきたんだから。そもそも始祖様の封印を破ることなんて絶対に不可能だから安心して。君のことは、ちゃんと救ってあげるわ」

「まず前提として、俺に異常などないが?」


 俺が訴えると、サヤは静かに首を横に振った。


「私にはわかるの。貴方にはわからなくても」

「聞いておきたいが、失敗したらどうなる? 成功してもロクでもないことになる予感しかしないのだが!」


 さすがの俺も、次第に冷静さを欠いていくのがわかる。

 つい叫んでしまった。


 サヤがニッコリと答える。


「大丈夫。山の中だし。多少はね?」

「おい。待て」


 駄目だサヤは儀式をする気満々だ。

 俺はリノに助けを求めた。


「リノ! 最強無敵の魔法使いさま! 今がその時です! 私の願いをなんでも叶えて下さいお願いします!」


 だが、リノは寝ていた!


 縁側で横になって、すやすやと寝ていた!


 こいつはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 いかん。


 落ち着け、俺。


「――じゃあ、始めるわね」


 サヤが目を閉じて、なにやら不思議な言葉を紡ぎ始める。

 不意に風が止んだ。


 俺はもがいてみるが手足は動かない。

 どうすべきか。

 俺は心を鎮めるため、夕暮れの空を眺めることにした。


 まあ、仕方ないか……。


 とも思う。


 なにしろサヤは、俺を救おうとしているようだ。

 意味はわからないが、少なくとも俺を嘲笑している雰囲気はない。

 一部に不穏な発言はあったが、真剣に何かをしている。


 リノのヤツは……。

 ああ、俺にはわかる。

 完全に他人事でいる。

 貴様は自分の存在のすべてをかけて俺を救いに来たのではなかったのか!?

 なんでも願いを叶えるは、どこへ行った!

 と、怒りたくなるが、そんな感情ですらも俺は抑える。

 俺は現代の賢者。

 考える男。

 すべてを思考の中に収め、超越していこう。

 明鏡止水。

 まさに、その心境だ。


 すると――。

 落ち着いた俺の心の中に――。

 遥か地の底から――。

 多くのうめき声のようなものが聞こえてくる――。


 これは……。


 俺は冷静に感覚を研ぎ澄ます。

 闇を感じる。

 暗い、泥のように渦を巻いた、闇だ。

 そこからたくさんの不気味な腕が、まるでイソギンチャクのように揺らめきながら伸びている。

 ここから出してくれ、と、助けを求めるように。





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