第3話 異世界少女の手作り朝食




 俺の名は久々利タクヤ。

 高校二年生。

 冷静沈着をモットーとし、特質は知性。

 考える男。

 現代の賢者とはこの俺のことだ。


 俺は一軒家に住んでいるが、現在、その我が家に両親は不在だ。

 急遽、仕事で海外に出て、当分は帰ってこない。

 俺には妹もいるが、妹は俺と二人暮らしなんて死んでも嫌だということで近所に住む祖父母の家に引っ越した。

 つまり今、俺は一人で家に住んでいる。

 まあ、うむ。

 まさに、お約束の状態と言える。

 リノを送り込んできた女神様とやらが、強制的にラブコメ時空を作ったかのような都合の良さだ。


 なにはともかく、俺は考える。


 魔王。


 冷静に考えれば、悪くない響きだ。


 この俺の冷静で的確で圧倒的に優れた知性があれば、立派に世界を混沌に沈めることもできるだろう。


 気のせいか、俺には合っている気もする。


 俺はあるいは、魔王になるべく生まれた男なのかも知れない。


 だが、リノは俺の魔王化を阻止するために未来の異世界から来たという。

 最強無敵の魔法使いさまだという。


 なんだそれは。


 と、笑う気持ちにはならない。


 なぜなら俺は朝空の彼方まで見事に蹴られた。

 リノが普通に浮かんでいるところも見た。

 リノという存在自体が、幻想そのものであるかのようなのだ。


 俺は思考しつつ、まさに満開の花のように輝くリノの長い髪を、ダイニングの椅子に座りつつ眺めた。


 今日は本当は、もっと緊張感を持って望むべき朝だったのだが、いきなりの出来事が続いて、すっかり緊張感が消えた。


 台所では、自称異世界人のリノが一人で朝食を作っている。

 任せてというので任せてみた。


 俺のイメージ的には、異世界人というのは、もっと俗世から離れたエルフや女騎士のような存在だったのだが。

 どうにも目の前にいる異世界人は、見た目以外はすべてが庶民的だ。


 リノは今、普通に包丁を使って、大根を切ったりナスを切ったりして具だくさん田舎味風噌汁を作っている。

 ハッキリ言って、見ていて不安なところがない見事な手際だ。

 てっきり、よくある展開として、とんでも料理ショーになるかとヒヤヒヤしていたものだったが……。

 なんの問題もなく朝食が完成した。


「はい。どうぞー」

「いただきます」


 キチンとお辞儀して、俺は朝食に挑んだ。

 リノが作ったのは、田舎風味噌汁とサヤエンドウの卵とじだ。

 アンド、ご飯、お茶。


 ぱくぱく。


 もぐもぐ。


「どう? 美味しい?」

「うむ。まあまあだな」

「あのさ、こういう時は美味しいって言うもんだよ?」

「そんなことより、リノさまよ」

「はぁぁぁぁぁ!?」


 いきなりリノが、バンとテーブルを叩いて立ち上がった。


「ちょっとぉぉぉ! それはないよねー! 私のせっかくの手料理が、まあまあでおわりとか! はぁ~~~~~~~~」


 長いため息をつきつつ、リノはへたりこむように椅子に戻った。


「これだから混沌に沈むヤツは」


「なあ、リノ。俺の正直な気持ちを言ってもいいか?」

「はぁ。どうぞー」

「正直に言うとだな……。俺はほんの少し思うのだよ」

「なにぉ?」

「魔王、カッコいいな、と」

「え?」


 顔を上げたリノが、まじまじと俺のことを見た。

 もちろん俺は真顔だ。


「むしろ、どうすればなれるんだ? 普通になる方法とかはあるのか?」

「……あのお。えっとね? 私はこれでも、自分のすべてを賭けて、世界を救うために来ているんだけども?」

「たとえば、だが。となれば、最悪の場合、俺を殺して、すべてをなかったことにするのか?」


 それも実は疑問に思っていたところだ。


「はぁぁぁぁぁ?」


 リノが、せっかくの美少女を台無しにするような顔を浮かべた。


「いや、それがてっとり早いかなぁ、と」


「はぁ~。誓うけど、それだけは絶対にないから安心して。

 私ね、強引に過去の異世界に来るために、キミとの間にものすごく強い糸を結んでいるの。

 その糸は、私とキミだけじゃなくて元の世界にもつながっていてね。

 その糸があるから私はここにいられるし、使命を果たしたら結果ごと元の世界に引っ張り上げてもらえるの。

 キミが死んじゃったら糸が切れて、私はこの世界で存在の支えを失くして霧みたいに消えちゃうし、何より元の世界を救えなくなるの」


「ふむ」

「まあ、安心しなさい。大船ってやつ? 私、こう見えて最強無敵の魔法使いさまですし? なんでもできますし?」

「いや、冷静に言わせてもらえば、すでにそのなんでもは、二回中二回、見事に破棄されたわけだが」

「ああいうのは反則なのっ!」

「結婚は反則ではないと思うのだが……」

「駄目です。そういうのは同じ世界の人として下さい。というかそもそも、そういうことを簡単に言うから、タクヤは混沌に沈むんだよ。ホントにもう、私と結婚してどうするのよぉ」

「いや、そうすれば、死ぬまでなんでもかな、と」

「打算!?」

「それ以外に何が?」

「……あ、うん。いいです」


 よくわからないが、リノは静かに食事を取り始めた。

 俺も味噌汁を飲む。

 正直に言えば、魔王となった未来の俺の詳細を聞きたかったが、俺は空気の読める男なので今はやめておいた。


 リノの作った朝食は、正直に言えば美味だった。


 朝食の後は、後片付けをした。

 俺は綺麗好きだ。

 汚れたお皿をそのまま放置しておく趣味はない。


「で、今日の予定はどうなってるの? 私、どうすればいい? このリノさまにかかればどんなカノジョも完璧だけど、万全を期すために詳しい話も聞かせてもらえると嬉しいんだけど」


 テーブルを拭きながらリノがたずねてくる。

 まだ頼んだわけではないが、リノは自分から俺のカノジョ役を引き受けてくれる気のようだ。

 俺はお皿を洗いつつ答えた。


「実は恥ずかしながら、クラスのヤツに煽られてしまってな。

 俺が一人、いつものように本を読んでいたところ――」




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