「ジャングルプライマルサービス」へようこそ
ぺしみん
第1話
ジャングルプライマルサービスにご加入ください。お急ぎ便・日時指定が無料になります。また、ビデオが見放題、ミュージックが聞き放題です。月額料金はたったの50ドル。
※へき地料金がかかる場合がございます。
※ご質問は24時間受付のコールセンターへどうぞ。
※当社の都合により規約が予告なしに変更になる場合がございます。
一人乗りヘリが砂浜に着陸した。僕は座席の後ろからバックパックを取り出して、波の押し寄せる真っ白な砂浜に降り立った。
「ジャングルトラベルサービスをご利用ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております」
自動音声が流れて、一人乗りヘリが飛び立っていった。窮屈だったけれど、運賃が格安だったから仕方がない。
ここは南太平洋にある、名も無い島。僕のお爺ちゃんが住んでいる。正確に言うと、お爺ちゃんは僕の4代上の高祖父。ひいひいお爺ちゃんだ。現在128歳。
お爺ちゃんの120歳の誕生日の時、親戚が30人ほどこの島に集まって、大還暦のお祝いをした。当時僕は10歳。お爺ちゃんは世捨て人のような生活をしているから、つながりをもっている親戚は少ない。僕の父がお爺ちゃんの大ファンだった。そういうわけで僕は、お爺ちゃんと面識を持つようになった。
バックパックを背負って、砂浜の上をサンダルでさくさくと音をさせて歩く。東京からこの島まで、飛行機や船を乗り継いで2日かかった。「ジャングルトラベル」の学生パックがあまりにも安かったから、多少の不都合は覚悟していた。しかし乗り継ぎはスムースで、時刻の遅延も全く無かった。さすがジャングル。「太陽系で最もお客様を大切にする企業」と謳っているだけはある。
「爺ちゃん、来たよー!」
僕は爺ちゃんのボロ小屋の扉を開けて言った。返事が無い。部屋の中に荷物を置いてから、僕は小屋の裏側に廻ってみる。いた。パラソルの下にビーチチェアがあって、その上に小柄な爺ちゃんが寝っ転がっている。僕は近寄って、爺ちゃんの顔を覗いた。いびきをかいて、気持ちよさそうに昼寝をしている。生きてる。
この島に来るのは、今回で3度目だ。一度目は大還暦のお祝いの時。2度目は中学生の時に、思い切って一人旅をした。その時はジャングルトラベルを使わずに、自分で交通手段やホテルを確保した。その結果、東京からこの島に来るまで、一週間もかかってしまった。費用は見積もっていた額の倍近くかかった。
それはそれで良い経験になったけれど、あんなに酷い目に合うのは一度きりでいい。そこで、今回はジャングルを利用してみたのだ。コストカットが徹底されている感じがして、お世辞にも快適とは言えない旅だった。だけど貧乏学生にとっては大変有難いサービスだ。今後も積極的に、ジャングルを使って行こうと思う。
バックパックの整理をしていたら、小屋の外からチャイムの音が聞こえた。外に出てみたら、目の前でジャングルのドローンがホバリングをしていた。
「こんにちは。ジャングルデリバリーサービスです。深山源一郎(みやまげんいちろう)様でいらっしゃいますか」
ドローンが自動音声を発した。機体にジャングルの笑顔マークが入っている。
「僕は深山源一郎(みやまげんいちろう)の玄孫(やしゃご)なんですけど」
「網膜認証をさせて頂いてもよろしいですか?」
「はい」
「確認いたしました。深山隆(みやまたかし)様。代理受け取りをお願い致します」
「ごくろうさん」
僕はドローンから荷物を受け取った。薄っぺらい箱だ。ちょうど座布団がひとつ入るくらい。爺ちゃん、何の買い物をしたんだろう。僕は明細を確認した。
―ジャングル給食セット・日本人男性向け(昼)―
これは爺ちゃんの食事だな。ちなみにこの島には売店が無い。まっ平らな砂浜の上に、住居が3つあるだけだ。爺ちゃんのこのボロ屋と、チャールズさんのおしゃれなロッジ。それと、アブリル婆さんの石の豪邸。
昼飯も来たところだし、爺ちゃんを起こしに行くことにする。
「爺ちゃん、爺ちゃん」
「……お、隆。よく来たなあ」
爺ちゃんがゆっくりと目を開けて、微笑んで言った。
「久しぶり、元気だった?」
「元気だよお。ワシはロボだからなあ」
爺ちゃんが、顔をしわくちゃにして笑った。
爺ちゃんの体は戦闘用にサイボーグ化されている。100歳頃まで職業軍人として働き、世界中の紛争地域で活躍をしていた。さらに、老化した臓器は人工の物に置き換えてある。生身の脳はしっかりとしている。だからまだまだ生きそうである。
「ジャングルのドローンが来て、爺ちゃんの昼飯を置いていったよ」
「ああ、それはお前のだ。ワシはもう、ほとんど食事は必要ないんでな。お前が来るから注文して置いたんだ」
「あ、そうか。食事の事を忘れてた。ありがとう」
「昼飯を食べたら、チャールズさんと、アブリル婆さんに挨拶をしにいきなさい」
「うん、そうする」
爺ちゃんが僕の手の甲を軽く叩いて、また目をつむった。僕は小屋に戻って、昼飯の箱を開けた。箱の中には座布団が一枚入っていた。
裏返しても座布団。この中に昼飯が入っているとは思えない。配送ミスか? ジャングルにしては珍しい。最近はそういう話、ほとんど聞かないんだけどな。
「爺ちゃん、爺ちゃん」
「ん……どうした?」
「ジャングルが配送ミスをしたみたいで、昼飯の代わりに座布団が届いてたよ」
「へ? ワシが間違えたかな」
「いや、明細は昼飯になってたから、注文は間違ってないと思う。それでさ、爺ちゃんの家に、何か食べるものは無いの?」
「……無いな」
「じゃあ、チャールズさんの所で何か分けてもらうよ」
「悪いが、そうしてもらってくれ」
僕は爺ちゃんのビーチチェアーを離れて、チャールズさんの家を目指して歩く。日差しが厳しい。喉も乾いてきた。うっかりしていた。爺ちゃんはロボだから、食べ物はおろか水さえも、ほとんど家に置いていないのだ。
10分ほど歩いて、僕はチャールズさんのロッジに到着した。島は狭い。みんなご近所だ。
「こんにちはー」
僕はロッジのドアを開けて言った。
「あ、君は……」
マグカップを片手に、部屋の奥から背の高い男性が現れた。
「チャールズさん、深山隆です。深山源一郎の、ひひ孫です」
「ああ隆君、久しぶり。よく来たね」
イケメンの渋い顔をほころばせて、チャールズさんが言った。この人はカナダ人の小説家。30代の時に島に住み着いて、在住歴約20年。この島で生活を始めた、最初の人間である。
「すみませんが、何か食べるものを分けてもらえませんか?」
「ああ、いいよ。さあ中にはいって」
チャールズさんが笑顔で言った。僕はロッジの中に入ってドアを閉めた。エアコンの冷たい風が気持ちいい。爺ちゃんのボロ屋で眠るのが嫌になってきた。
チャールズさんが僕に、冷たい水と熱いピザを出してくれた。
「ジャングルのドローンが配送ミスをしたみたいで、昼飯の代わりに座布団を持ってきたんですよ」
ピザに齧りつきながら、僕は笑って言った。チャールズさんの動きがピタッと止まった。
「それはいつ? 今日の事?」
「はい、ついさきほどの事です」
「おかしいな……」
「何がですか?」
「僕の所でも配送ミスがあったんだ。仕事用の椅子を注文したのに、ドローンが大型除湿機を持ってきた。こんなこと、ここ10年では無かったことなんだけどね」
「明細はどうなってましたか?」
「注文通りの椅子になってた。それで、返品を申し込んだんだけど、ジャングルから確認のメールも来ないんだ」
「ジャングルのサイトを確認してみます」
僕は携帯端末でネットに接続してみた。
「あれ? 圏外かな?」
「ああ、この島ではジャングルのサイトにしかアクセスできないよ。ジャングルが、無料で衛星通信を提供してくれているんだ」
「あ、そうか。そうでしたね」
僕は携帯端末で、ジャングルのサイトに直接アクセスした。
「……つながった。だけど本当に、ジャングルのサイトしか見れないですね」
「僕はそれで十分だけどね。生活に必要な物は、全部ジャングルで揃うから」
ちなみにチャールズさんの小説も、ジャングルのブックストアで販売されている。
「あ、やっぱり書いてありますよ。配送ミスについて」
ジャングルのトップページに、小さな赤い文字で表示があった。
―現在、一部の地域で配送ミスが発生しております。大変ご迷惑をお掛けしております―
「いつ頃復旧するのかな」
チャールズさんが当惑した顔で言った。
「コールセンターに連絡してみましょう」
僕は端末で、コールセンターの画面を呼び出した。
「ジャングルコールセンターです。お問い合わせ有難うございます」
綺麗な白人のお姉さんが画面に現れた。
「あの、配送ミスの地域を確認したいのですが。郵便番号AF584GH9Zでお願いします」
「畏まりました。……そちらの地域は、配送ミス発生エリアに該当しております。大変ご迷惑をお掛けしております。原因を分析中です。今しばらくお待ち下さい」
「復旧まで、どのくらい時間がかかりそうですか?」
「所要時間は現在分析中です。大変ご迷惑をお掛けしております。今しばらくお待ち下さい」
「結構長引く可能性もありますか?」
「所要時間は現在分析中です。大変ご迷惑をお掛けしております。今しばらくお待ち下さい」
僕とチャールズさんは顔を見合わせた。
「チャールズさん、物資の備蓄はありますか?」
「備蓄と呼べるものは無いな。水と食料だと……、せいぜい一週間分。それくらいだ」
チャールズさんの顔がこわばった。僕は再び、コールセンターのお姉さんに向き合った。
「郵便番号からも分かると思うのですが、僕らは今、南太平洋の島にいるんです。食料や水の備蓄が無いので、このままだと危険な状態になる可能性があります。すみませんが、人間の担当者に、この事を伝えてもらえませんか?」
「了解いたしました。担当者に連絡を致します。……現在、担当者が他のお客様に対応中です。お客様への対応可能予想時間は……57日後です」
「……分かりました」
僕は会話を終えた。
「まいったな……」
チャールズさんがため息をついて言った。
「隆君は、この島に何日滞在する予定? 帰りの飛行機を予約してあるんだろう?」
「予約はしてあります。だけど、迎えのヘリが来るのは一ヶ月後です。格安パックなので、予約の変更は出来ないはずです」
「島の外に出る手段を、ジャングルで調べてみるか。ヘリをチャーターするにしても、近い日付は無理だとは思うけど」
チャールズさんが、恨めしげにジャングルのトップページを見ている。
「それじゃあ僕は、アブリルさんの所へ行って、食料の備蓄が無いか聞いてきます」
「ああ、そうしてもらえると有難い。僕はあの人、ちょっと苦手なんだ」
チャールズさんが苦笑して言った。アブリル婆さんは、結構やっかいな人物なのだ。それは僕も分かっている。
人口植物と造花で作られた庭園が、目の前に広がっている。その中心に、石造りの豪華なお屋敷が建っている。金さえあれば、南の島にもこんな環境を作る事が出来る。ここがアブリル婆さんの住居である。
玄関の前に高そうな車が数台停まっている。この島には道路が無い。車は単なるコレクションだろう。車体が無防備に潮風にさらされている。ガレージくらい取り寄せればいいのに。
玄関のベルを鳴らした。ドアの上に防犯カメラが取り付けられている。島には人が3人しかいないのだから、カメラをつける意味が分からない。だけどアブリル婆さんは、そういう人物なのである。
「誰だ、お前は?」
ドアのモニターから、しわがれた声が聞こえた。アブリル婆さんだ。
「深山源一郎の孫の孫の、深山隆です。2年前にお会いしたと思うのですが」
「源一郎の孫? あー、そういやいたな、そういうのが」
「はい。それで、ちょっとご相談したい事があるのですが」
「待ってな。今ドアをあけるから」
カチッという音がして、ドアが開いた。意外だ。アブリル婆さんのガードが緩い。僕は家の中に入った。大広間に立派な絨毯がしかれている。汚いサンダルで踏み込んで怒られないかな。
「ちょうどいい所に来たよ! あんた!」
大声を出しながら階段の上に登場した、アブリル婆さん。推定年齢100歳。たぶん女性。
「ちょうどいい所って、なんですか?」
「お前学生だったよな? 中学生だっけ?」
「高校2年です」
「若いんだから、ネットの事には詳しいだろう?」
「まあ、最低限の知識はあると思いますけど」
「それじゃあ、ちょっとこれを見ておくれよ」
そう言って、アブリル婆さんが3枚の紙切れを僕に手渡した。
―ジャングルプレミアムグルメ・ご高齢女性向け(夜)―
―ジャングルプレミアムグルメ・ご高齢女性向け(朝)―
―ジャングルプレミアムグルメ・ご高齢女性向け(昼)―
いずれもジャングルの配送明細だ。
「これは?」
「ジャングルから届くはずだった、私の食事だよ! 年間契約してるのに、いきなり来なくなった。わたしゃ、昨日の晩から何も食べてないんだ」
苦虫を噛み潰したような顔をして、婆さんが言った。
「じゃあこの明細は? なんで持ってるんですか?」
「ドローンが勝手に置いていったのさ。飯を貰えるかと思ってサインをしたけど、何もよこさない。かわりに車を置いて行きやがった」
「車?」
「玄関に車が3台置いてあったろう? アレが私の飯のつもりらしい。まったくジャングルは何をやってるんだい。私に車を食えっていうのか!」
怒りで顔を紅潮させて、婆さんが言った。
「ウチの爺ちゃんと、チャールズさんの所でも配送ミスがあったんです。それで、さっきジャングルに問い合わせてみたんですが、局地的に配送ミスが起きているみたいです。この島も、その範囲に入ってしまっているそうです」
「それで? その配送ミスってのはもう大丈夫なのかい?」
「いいえ。復旧には結構時間がかかるかもしれません。それでですね、ウチとチャールズさんの所には、食料と水の備蓄がほとんど無いんです。アブリルさんの家には、物資の備蓄はありますか?」
「そんなもの無いよ! 毎食、ドローンにデリバリーを頼んでるんだから。ここにはワインが数本とチーズ、それと水が10リットルくらいか。それしか無い。ジャングルは私を殺す気かい!」
「アブリルさん、落ち着いて。こちらが非常事態になっている事は、ジャングルにも伝えました。ただ、ジャングルも対応に追われているみたいで、今のところ何かをしてくれるとは思えません。なので、僕らで協力して……」
と僕が言った所で、玄関のベルが鳴った。外に出てみたら、大型ドローンが家の前に浮遊していた。真っ赤なスポーツカーをがっしりと掴んでぶら下げている。
「こんにちは。ジャングルデリバリーサービスです。ビクトリア・アブリル様でいらっしゃいますか」
大型ドローンが、アブリル婆さんに訊いた。
「配送明細を見せてみな」
ドローンが配送明細をプリントアウトした。僕もそれを覗きこんで見る。
―ジャングルプレミアムグルメ・ご高齢女性向け(夜)―
「こんなもの、食えるはずがないだろうが! 受取拒否だよ! 早く持って帰っておくれ!」
婆さんが激怒して叫んだ。
「こちらは飲食物のお届けとなりますので、返品は不可能となっております。商品を受領の上、苦情が御座いましたらコールセンターにお問い合わせください」
そう言って、ドローンが勝手に車をお屋敷の前に駐車してしまった。
「やめろ! 勝手な事をするんじゃない!」
婆さんが地面の小石を拾って、ドローンに向かって投げつけた。
「警告致します。ドローンに対する攻撃は違法行為です。行為を停止されない場合、防衛措置を取らせて頂きます」
ドローンがけたたましい警告音を辺りに響かせた。
「アブリルさん、相手は機械です。システムにしたがって動いているだけなので、どうしようもありません。一旦、チャールズさんの家に行って、今後の対策を相談しましょう」
「ちっ、仕方ないねぇ。ジャングルには後で、しっかりと迷惑料を払ってもらうからね」
アブリル婆さんが、不敵な笑みを浮かべて言った。
僕はアブリル婆さんを連れて、チャールズさんのロッジに戻った。
「隆君お帰り。あ、アブリルさん、お久しぶりです……」
チャールズさんの笑顔が固まった。アブリル婆さんもムスッとした表情をしている。
「ジャングルトラベルで調べたんだけどね。ヘリを呼ぶには、やはり時間がかかる。予約は出来るけど、最低でも一ヶ月は待たなければならない。島の外に出る線は諦めた方がよさそうだ」
チャールズさんが、途方にくれた顔をして言った。
「ドローンだけは、スケジュール通りに動いているんですけどね。アブリルさんの夕食も、さきほどしっかり運ばれてきました。夕飯の代わりに、高級車が運ばれてきたんですけど」
「高級車? 夕飯の代わりに?」
チャールズさんが吹き出して笑った。僕もつられて笑ってしまった。
「馬鹿ども! 笑ってる暇があったら、なんとかする方法を考えるんだよ!」
アブリル婆さんが一喝した。その通りだ。
僕達はジャングルのサイトで情報収集を始めた。
「あ、これは使えるかも」
僕は発見をした。どれどれ、と言って、チャールズさんが画面を覗きこむ。
「この、ジャングルの商品レビューを見て下さい。今回の配送ミスで被害を被った人が、さっそく書き込みをしています。ほら、ここ。水虫薬を頼んだのに、豚肉が10キロ届いた、と書いてあります。確証はないですけど、これを逆に利用出来ませんかね?」
「というと?」
「この水虫薬を注文すれば、僕らの所にも豚肉10キロが届くかもしれない、という事です」
「ああ、なるほど!」
チャールズさんが指をパチンと鳴らした。
「試しに注文してみましょう」
「そうしよう」
僕は豚肉を10キロを手に入れるべく、水虫薬の注文ボタンを押した。すると、驚愕の事実が判明した。
―配送ミスエリアに該当されているお客様へ。現在システムチェック中の為、新規注文の配送が遅延しております。なにとぞご了承下さい―
注文ステータスにこのような表示が現れた。水虫薬の配送予定が57日後になっている。
「二ヶ月後……」
「この『お急ぎ便を利用する』というボタンを押したらどうなるかな?」
チャールズさんが注文画面を見詰めて言った。
「あ、どうでしょうね」
僕は「お急ぎ便を利用する」ボタンを押してみた。
水虫薬の配送予定日が、42日後に変化した。
「おっ、少し短くなった。だけど意味がないなぁ」
どちらにせよ飢え死にする。
「まって。さらに『超お急ぎ便を利用する』というボタンがある」
「え? あ、本当だ。なんだこりゃ」
そう言いながらも、すがるような思いで僕はそのボタンを押した。
水虫薬の配送予定日が、28日後に変化した。
「あー! 惜しい」
「いや、まだだ。『プレミアム超お急ぎ便を利用する』というボタンが表示されている」
「え」
僕はボタンを押した。
水虫薬の配送予定日が、5日後に変化した。
「おお! これならなんとかなりませんか? 残っている食料を節約すれば、5日くらいは持ちますよね?」
僕は喜び勇んで言った。しかし、なぜかチャールズさんの表情は暗い。
「注文を確定する、というページまで進んでみてもらえるかな?」
言われたとおり、僕は操作をした。
―水虫薬 8ドル42セント
―プレミアム超お急ぎ便利用料 850万ドル(僻地特別料金加算)
支払い合計金額850万8ドル42セント
「だと思ったんだ。普通のお急ぎ便でも、10倍くらい取られるんだよ。ここは僻地の島だからね」
「とりあえずカード払いで注文をして、引き落としの段階でジャングルに事情を説明すればいいんじゃないですか?」
「いや、僕のカードでは利用限度額が全然足りない。注文した時点でハネられるだろう」
「850万ドルですもんね……」
僕らは天を仰いだ。
「その方法なら、確実に食料が手に入るんだね? 間違いないんだろうね?」
いつの間にか、アブリル婆さんが僕らの後ろに立っていた。
「配送ミスが起きている以上、何が起こるかは分かりませんよ。水虫薬を頼んだら、普通に水虫薬が届く可能性も十分にあると思います。だけど850万ドルですよ? 注文自体が無理なんですから」
「私の銀行口座に1000万ドルある。これに賭けてみるか」
アブリル婆さんがニヤッと笑って言った。マジかよ。この婆さん、1000万ドルもどうやって稼いだんだろう。絶対に堅気な商売はしてないだろう。と、今はそんなことを考えている場合じゃない。
僕達はレビュー欄のチェックを開始した。「配送ミスで飲食物が大量に届いた」というレビューを探さなければならない。丸一日かけて、僕とチャールズさんはジャングルのレビュー欄を見尽くした。
「コーラ10リットルが100本。飲料水はこれ以外に選択肢はないな。糖尿病になりそうだね」
チャールズさんがげっそりとした顔で言った。
「食料は、冷凍ピラフ300食セットか、鯖の缶詰2000個セットのどちらかですね。これを毎日、毎食食べるのか……」
「それよりも問題は、水か食料のどちらを選ぶのか、という事だよ。まとめて送ってはもらえないみたいだし……」
僕らはソファーに横になって、ぐったりとした。アブリル婆さんが僕の横で、いびきをかいて寝ている。
ソファーの後ろにでっかい段ボール箱が置いてある。僕は何かを閃いた。
「これ、除湿機でしたっけ?」
「ああ、うん。配送ミスで椅子の代わりに届いたものだよ」
「これって、ジメジメしている部屋をカラッとさせるやつですよね」
「ああ、そうだよ」
「これ、除湿機のタンクに、水が貯まるはずです。それを飲み水に出来ないですか? そりゃ、衛生的には問題はあるでしょうけど、無いよりはマシですよ」
「それだ! 水は除湿機に任せて、食い物は……」
「ピラフ! わたしゃ、鯖が大嫌いなんだよ!」
アブリル婆さんが突然叫んだ。ということで、僕らはジャングルで「北欧製高級哺乳瓶」を注文した。哺乳瓶を注文したら、配送ミスで冷凍ピラフ300食セットが届いた、という怒りのレビューを参考にしたのだ。
5日後。食料はほぼ底をついた。島の砂浜に立って、僕らはジャングルのドローンを待ちわびている。ドローンは来てくれるだろう。問題は、ドローンが何を持ってくるかだ。哺乳瓶が届いたら、そこでゲームオーバー。緊張してきた。
「大丈夫さ」
ビーチチェアーに横になったまま、爺ちゃんが言った。
水平線の彼方から、ドローンが飛んできた。抱えている箱のサイズが……デカい。哺乳瓶を持ってくるのに、あんなにデカい箱は必要ないはずだ!
砂浜にドローンが降り立った。
「こんにちは。ジャングルデリバリーサービスです。ビクトリア・アブリル様でいらっしゃいますか」
「はい……」
チャールズさんが荷物を受け取った。そして、速攻で箱の中身を確認した。
「ピラフだ!」
僕らは歓声を上げた。チャールズさんとアブリル婆さんが、抱き合って喜んでいる。これでなんとか、生き延びられるはずだ。
「チャールズ・ピット様。返品の品物を回収させて頂きます」
ドローンが言った。
「返品?」
「先日お届けしました、バイオニクス・オフィスチェアーの返品をお受け付けしております。そちらを回収をさせて頂きます」
「オフィスチェアー? そんなものは……まずい、間違って届いた除湿機の事だ! 除湿機を持っていかれる!」
チャールズさんが青ざめた顔で言った。
ドローンが勝手に、チャールズさんのロッジに向かって飛び立って行く。
「まかせんしゃい!」
爺ちゃんがいきなり立ち上がって、自分の右腕を空に向けた。ピカっと白い閃光が伸びて、ドローンの本体を正確に貫いた。爆音とともに、ドローンが火花を上げて砂浜に四散した。
「30年ぶりだが、まともに動いてくれたな。どうだ、隆。面白かったか?」
爺ちゃんが、僕の顔を見て微笑んだ。数多の戦場で活躍をした、爺ちゃんの右腕のレールガン。話には聞いていたけれど、本当にあったんだな。感動して涙がこぼれた。
その夜、僕らは除湿機の水とピラフで、夕食のテーブルを囲んだ。
「これから毎日、このピラフか……」
僕は呟いた。
「一ヶ月か。気が滅入るね」
チャールズさんがため息をついた。
「あんた達、誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだい? 文句を言うんじゃないよ。黙って食いな!」
アブリル婆さんが大声で、叱咤するようにして言った。
しかし僕らの心配は杞憂に終わった。
次の日の朝、島はたくさんの人とヘリ、そしてドローンに包囲されていた。
僕の爺ちゃんがドローンを破壊した事により、ジャングルが最優先事項として、事件の対応に当たったのだ。ジャングルの笑顔マークが、島の中に溢れかえっていた。
僕らはジャングルに身柄を拘束され、警備用ヘリの中に迎え入れられた。そこでおいしい朝食と、衛生的な水を無料で提供された。
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