まいかルート 4-2

 誕生日サプライズ作戦を手助けすると決めた日から一週間。

 発案者まいかさんが再び民宿を訪ねてきて、俺と凛那を交えて作戦の細部を煮詰めた。

 当日のおおよその流れが固まると、サプライズでなみこさんに渡す誕生日ケーキの作り方を頭に入れる必要が出てきた。

 ぶっつけ本番では不安だと凛那が意見し、一度試しに作ることになり商店街まで来た。


「薄力粉とか、卵とか、いろいろな具材がいるな」


 スマホを持たない凛那、履歴を残したくないまいか、の二人のために俺がスマホで誕生日ケーキのレシピを調べた。

 俺は料理が不得手なので、いざ作る際は二人の力になれないことを考えると、活躍できるところで活躍しておきたい。

 主な具材を告げた俺のスマホを凛那が覗き込んでくる。


「グラム数までちゃんと書いてあるわね。ケーキの作り方なんてわからないけど、とりあえず書いてあるものを揃えればいいわけね」

「私も作るの初めてです。美味しく作りたいです」

「なみこさんの好みは今回度外視して、ひとまずレシピ通りに作ろう」

「スポンジケーキだからある程度の想像はつくけど、粉ふるいとかパレットナイフとかうちはないけど」

「そうなのか。じゃあ買い揃えないとな」

「思ったより物が多いです」


 レシピを見るまいかさんが困った声でぼやく。

 この商店街で全て揃うだろうか?

 街のデパートまで行けば確実だが、探す前から売ってないと決めつけるのも悪いしな。


「揃わないなら他で代用すればいいわよ」


 俺と違い料理経験のある凛那は気楽な考えで言って、まいかを安心させるように微笑みかけた。

 凛那の言葉にまいかはこくりと頷く。


「佐野さんを信じるです。きっとなんとかなるです」

「そうそう。なんとかなる」

「売ってそうな店を手当たり次第に入ってみるか」


 二人の呑気さに乗っかるつもりで、商店街で最も食品の揃うスーパーまで向かった。



 恵まれたことに、春浜の小型スーパーでも苺とその他調理道具以外は買い揃えられた。

 今日初めて商店街に老舗の洋菓子店がありケーキの発注も可能だと知ったのだが、まいかさんは最初から手作りにこだわると決めていたらしい。

 無事に食材を買い揃えてスーパーを苺を買うために来た路地を戻りかけたところで、通り過ぎようとした人物が、足を止めて物珍しげな視線を投げてきた。


「小園さん、こんなところで会うなんて奇遇ですね」


 感じた視線と目を合わせると、買い物袋を提げた俺を眺めるセーラー服姿の理宇ちゃんが立ち止まっていた。

 理宇ちゃんはお馴染みの買い物カバンを腕にかけて、いかにも買い物中という様子だ。


「お菓子でも作るんですか?」


 俺の提げる買い物袋の中身が見えたのか、理宇ちゃんが聞いてくる。


「そうだね。ご明察」

「理宇だ、また会った」


 会計を終えて財布を仕舞っている凛那が、挨拶代わりに理宇ちゃんに片手を挙げる。

 どうも、と理宇ちゃんは凛那に頭を下げ、自然な動作で凛那の隣に立つまいかさんに顔を向けた。


「まいかさんもこんにちは。三人でお買い物ですか?」

「はいです。小園さんと佐野さんとケーキ作るです」

「何かお祝い事でもあるんですか?」

「もうすぐお母さんの誕生日です。今日はその準備です」


 今にも当日が楽しみのようで笑顔で答えた。

 サプライズなのに簡単に話してもいいものなのか?

 俺の疑問はよそに理宇ちゃんは笑顔を返す。


「手作りの誕生日ケーキなんですね。なみこさんも喜びますね」

「理宇ちゃん。くれぐれも言い広めないでね。一応サプライズってことになってるから」


 サプライズを説明すると理宇ちゃんは笑みに興味の色を浮かべた。


「ということは、なみこさんは知らないわけですか。とても楽しそうですね」 

「理宇も参加する?」


 凛那がまいかさんに断りもなくサプライズ作戦の一員として誘った。

 理宇ちゃんは羨ましそうに瞳を開いた。


「いいんですか。私も日頃からなみこさんには感謝しているので一緒にお祝いしたいです」

「三人も四人も同じ様なもの。理宇も手伝って」

「よろしくお願いします」


 とんとん拍子に理宇ちゃんの参加が決まった。

 まいかさんがニコニコしてるから問題ないんだろうけど、凛那が主導権を握るんじゃない。

 とはいえ、料理上手の理宇ちゃんが加われば心強いのは明白だ。


「それで、今日早速ケーキ作るんですよね?」


 意欲盛んに理宇ちゃんが予定を尋ねてくる。

 まいかさんが頷くと、ちょっと待っててくださいと言って買い物カバンを小さく掲げた。


「買い出しだけ済ませてくるので、どこに行けばいいのか連絡入れてください。買い出し終わったらすぐに向かいます」

「ケーキは俺の家の台所で作る予定だよ。こっちもまだ買い物あるから急ぐ必要はないからね」

「了解です。それではまた後で伺います」


 溌溂な声で返事をすると、スーパーの自動ドアを潜っていった。

 理宇ちゃんが見えなくなった後、凛那が俺の方へ振り向いて厳しい顔を作る。


「あんたに戦力外を言い渡す」

「……はあ?」


 買い物袋を一手に提げる俺を戦力外だと。

 反問する俺に凛那は人差し指を突きつける。


「荷物持ち以外何が出来るの。理宇が加入したら本当に必要なくない」

「確かに料理できないけど、荷物持ち以外に俺にだって出来ることあるさ」


 自分でも役割が思いつかず、苦しい反論になる。

 俺は相当苦い顔をしていたのか、凛那は厳しい顔に気の毒さを浮かべた。


「ごめんって、冗談だから」

「冗談でも言われた側は辛いぞ」

「小園さん、せんりょくがいってなんですか?」


 まいかさんが本当に知らない様子で質問してくる。

 そんな純朴な目で聞かないで。

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