まいかルート 4-3

 理宇ちゃんも加わった後、民宿の台所で試作品のホールケーキを作り終えた。

 完成した試作品を見て、まいかさんが満足そうに笑う。


「ちゃんと出来たです。小園さん、佐野さん、楠木さん、ありがとうございます」

「感謝されるほどのことはしてないよ。まいかさんの手伝いをしただけだよ」

「まいかのためなら、あたしは協力惜しまないからね」

「私でも力になれたようで安心しました」


 俺たちはそれぞれの反応でまいかさんの感謝に応えた。

 ひととおり後片付けも済まし、凛那の手によってケーキが四人分に切り分けられる。


「レシピ通りに作ったから味の方も大丈夫だと思うけど、せっかく作ったからね」

「小園さん、お皿あるです?」

「まいかさんは座ってていいよ。俺が取ってくる」


 これまで戦力に慣れていない分、雑用ぐらいいは買って出る。

 切り分けたケーキを四枚の平皿に盛り、揃っテーブルに就く。


「断面も崩れずに作れてるみたいね。初めてにしては上出来かも」

「一人だったら作れなかったと思います。本当に皆さんありがとうございます」

「まいかの言葉は嬉しいけど、今回一番活躍したのは理宇だから」


 凛那は自重して理宇ちゃんを立てた。

 褒められた理宇ちゃんが面映ゆそうに顔の前で手を振る。


「私は途中参加ですから。それにサプライズを考えたのはまいかさんですよ」

「だってさ、まいか?」 

「考えただけです」


 三人は互いに謙遜しあって、どういたしましてと言う人が現れない。

 俺の貢献度が低いのだけは確かだな。

 レシピ検索と荷物持ち、それぐらいでしか貢献できていない。

 当日ではもう少し活躍の場を増やしたいものだ。


「そういえば……」


 話がひと段落したところで、理宇ちゃんが思いついたように口を開いた。


「なみこさんって今度の誕生日で何歳になんでしょうか?」

「あたしは知らない。むしろ知りたい」


 凛那は横に振り、視線をまいかに向ける。

 まいかは急な問いかけに困ったような顔になる。


「お母さんに言っちゃダメって言われてるです。ごめんなさいです」

「まいかぐらいの娘がいるんだから、三十代ってことはないはず」

「乙山さんの美の秘訣はなんなのかしら、って肉屋の主人も言ってました。私のお父さんよりも上なんですかね?」


 凛那と理宇ちゃんが、なみこさんの年齢について想像を膨らませる。

 俺も気になるな、なみこさんの正確な年齢。

 落ち着いた二十代でも通用しそうな見た目をしているし、何より年齢を予想させる情報が乏しい。

 ただ一つ年齢を測るのに役立つのは、まいかさんという成人した娘がいることぐらいだ。

 まいかさんが二十三歳だから、若くして生んだとして二十足して四十三歳。

 妥当な線のような気がするな。

 とりあえず自分の中では四十三歳ってことにしておこう。


「五十歳には見えないけど、四十歳じゃまいかを高校生の時に生んだことになっちゃうものね。まいか、ホントに教えてくれないの?」


 俺と近い当たりをつけながらも凛那は再度まいかに尋ねた。

 ごめんなさいです、とまいかか先ほどと同じ返答をする。


「あんな風に年取りたいですね。人生経験豊富でいつでも笑みを絶やさず、皆から信用されて」


 理宇ちゃんが羨望の目を上に向けながら呟く。

 わかるぞ、理宇ちゃん。あれこそ大人の理想像って感じするもんな。

 理宇ちゃんに共感していると、凛那がわざとらしく溜息を吐いた。

 視線が集まるのを待ってから口をすぼめて告げる。


「あたしだってなみこさんの美の秘訣知りたい。何も対策できないまま三十路になっちゃう」

「俺と一歳しか変わらないだろ」


 慰める意味合いで言うと、きつい目つきで睨み返された。


「女の一歳は重いの。年取るごとに新鮮さが失われていく気持ち、わかんないでしょ?」

「俺に言われても、どうにもできないぞ」


 恨み節を吐かれても困る。

 凛那の繰り言を聞いた理宇ちゃんが微苦笑する。


「凛那さんは綺麗ですから大丈夫だと思いますよ」

「あたし、綺麗?」 


 実感ない口ぶりで凛那は尋ね返した。口裂け女か。

 こくこくと理宇ちゃんが頷くと、唐突に凛那が理宇ちゃんの両肩を掴んで揺らす。


「なんでみんながみんな美人とか綺麗って褒めるの。愛してる、とか、可愛いね、とか言ってくれないの?」

「そんなの私が知るわけないですよっ!」


 気が遣える理宇ちゃんでもさすがにフォローの言葉はなく叫んだ。

 すまない理宇ちゃん。うちの居候が五月蠅くて。

 段々と話題が外れてきたせいか、まいかさんは黙ってケーキをフォークで削って口に運んでいた。

 こちらの視線に気が付いて目が合い、俺は苦笑を向ける。


「騒がしくてごめんね」

「楽しそうです」


 そう言って自分の事のように笑顔になる。

 まいかさんには戯れているように見えるのだろう。実際は凛那の一方的な恨み節を理宇ちゃんが聞かされてるだけなんだけど。

 凛那と理宇ちゃんの会話とも言えない話し声を聞き流しながら、俺もケーキを口に入れた。

 レシピで読んだ想像通りの味だった。

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