まいかルート 3-8

 春浜への帰り道、なみこさんから「まいかと二人にさせてください」と頼まれ、俺一人だけ離れて行動することになった。

 会話は聞こえないが姿は見えるぐらいの距離感を保ったまま、四時間余りの道のりを引き返し、ようやく春浜の駅に降り立った。

 その頃にはすでに夏の陽は西に傾きかけ、夕方が訪れていた。

 別の車両から乙山親子も駅に降りると、なみこさんがまいかさんに一言告げてから俺の方へ歩み寄って申し訳なさそうな顔をした。


「健志さん。まいかがご迷惑おかけしました」

「いえ、気にしないでください。それよりまいかさんは怪我とかありませんでしたか?」


 迷惑以前に、まいかさんが心配だった。

 なみこさんは太い息を吐いて微笑んだ。


「気に掛けていただきありがとうございます。タクシーや食事でお金を使ったぐらいで被害は何もなかったみたいです」

「それなら良かった。探しに行った甲斐がありました」


 なみこさんの返答で一挙に安堵が押し寄せる。

 母親にたっぷりお灸を据えられたようだが、実害がないのなら幸いだ。

 ほっとした途端、まいかさんへの心配で隅に追いやっていた諸々の事が頭に浮かび上がってきた。


 祖母との面会機会を逸したこと。

 そして美優との過ごした記憶の風化。


 どれも手元から落としてしまったような気がする。

 考え事をしているのか顔に出ていたのか、もう大丈夫ですよとなみこさんが声を掛けてくれた。


「あとは家に帰るだけですから、健志さんも安心して帰ってください。本当は何かご予定があったんですよね?」

「え、なんでわかるんですか」


 図星で尋ね返すと、なみこさんは別段表情変えずに答える。


「先日、凛那さんがうちに来て今日しのさんと面会することを話してくれたので。それに健志さんがお休みだと言うのも所長さんとの会話で把握していたので」

「俺のプライベート筒抜けじゃないですか」


 感心するどころか、ちょっと慄きさえ覚えた。

 なみこさんは目に分かるほどに表情を緩める。


「ご予定があったのに、今日はまいかのために本当にありがとうございました。後々私に出来る形でお礼しますね」

「礼なんて結構ですよ。予定を蹴ったのは俺自身の意思なんですから」


 なみこさんへ答えて実感する。

 俺は自分自身の選択で、まいかさんを探すことに決めた。

 祖母と面会を避けたかったわけじゃない。まいかさんへの心配が勝っただけだ。

 まいかさんと俺は度々顔を合わせて喋るだけの弁当屋とその客でしかないのに、自分の決断が不思議なぐらいだ。


「まいか、帰りましょう」


 自分の気持ちに疑問を抱きかけた時、なみこさんは俺から離れて、じっと待つ娘の傍へと戻っていった。

 親子二人で並ぶとすぐになみこさんは俺の方へ顔を向き直した。


「健志さんも、途中まで一緒に帰りましょう」

「はい。ぜひとも」


 前言撤回、乙山親子とは弁当屋と客よりかは親しい関係かもしれない。

 そんなことを胸の中で呟きながら、なみこさんとまいかさんの邪魔をしない程度に、帰り道の団欒に入らせてもらった。

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