まいかルート 3-2
なみこさんから忠言をいただいた日以降、まいかさんは俺の前で広島に行きたいという話題を口にしなくなった。
母親のなみこさんから注意されたのか、まいかさん自身別の関心事に気を取られているのか、どちらにしろ俺がきっぱりと断る機会さえ訪れていない。
広島旅行の話題に代わり、まいかさんは日曜八時のヒーロー番組を筆頭にヒーロー物の番組視聴を俺に勧めてくるようになった。
最初はまいかさんの熱弁に耳を傾けるだけだったが、次第にまいかさんを熱中させるの所以はなんだろうと疑問を抱くようになり、ついに盆休みに差し掛かった日曜の今日、少し早起きして八時のヒーロー番組にテレビのチャンネルを合わせた。
期待感を持って冒頭の『テレビから離れて見よう』の注意テロップを眺める。
五分経ち、今回敵となる怪人が非道な所業を実行し、負けフラグとなる台詞を自信たっぷりに言い放つ。
十五分経ち、中間のコマーシャルが挟まる。
夜間にはあまり見掛けないジャンルばかりのコマーシャルが空け、番組後半へ。悪の敵が成敗される姿を楽しみにしながらテレビに釘付けになる。
番組が再開したところで、不意に俺の部屋の障子が開いた。
「ちょっと話が……あんた何観てるの?」
障子を開けて部屋を訪ねてきたのは、うちの居候の佐野凛那だった。
コーヒーのような色の半袖Tシャツにスウェット生地のハーフパンツ、というラフな室内着だった。
凛那はテレビ画面に目を遣り、しばし無言で眺めた。
いまさら画面を消すわけにもいかず、居候の視線を感じながら番組を観続ける。
ふーん、と俺の観ている番組がわかったらしく声を出し、テレビを指差す。
「まいかに影響されたのね。あの子が観てるやつでしょ、これ」
「電脳義賊ヒカリファイバー、だな」
「よくわかんないけど、現在放送中の日曜朝八時のヒーローでしょ」
「俺も詳しくないぞ。今日初めて観てるからな」
さらなる質問をされる前に伝えておく。
ふーん、と凛那は二回目の感情の読めない返事をして、俺が半身だけ凭れている座卓に腕を置いて胡坐で腰を下ろした。
「こういうヒーロー物を子供向けの水戸黄門って呼んでるんだけど、どう思う?」
「どう思う、って俺になんて答えて欲しいんだ?」
子供向けの水戸黄門と称するのは勝手だし、そもそもはいかいいえで答えられる質問じゃない。
ずばり答えられないでいると、凛那は画面を指差して口を動かす。
「ほら大体ヒーローが出る物語って、一話完結で、悪い奴らが出てきて、お決まりの展開で、最後には成敗される。水戸黄門と構成そっくりじゃない」
「……否定はしない」
水戸黄門と同列視したらファンであるまいかさんは不本意だろうが、構成の面で言えば凛那の論理はあながち間違っていない。
失礼を承知で言ってしまえば、どちらも分かりやすい物語構成といえようか。
俺が反対意見を口にしないと見てか、凛那は得意げに鼻を鳴らす。
「水戸黄門はよく観てるから、共通点がわかるの」
観てるんかい。水戸黄門の視聴を日課にしてる二十八歳って初めて会った。
水戸黄門から派生して思い出したのか、凛那は遠い目をして天井を見上げる。
「本当はしのばあちゃんと一緒に観たいんだけど、もう観られないかな」
「……そうか」
「でもしのばあちゃんも施設で水戸黄門を観てるはずだから、同じ時間を共有できていると思ってるわ」
「……そうか」
さっきまでの得意げな様子から一転して辛さを堪えているような声音で話した。
感傷で胸が詰まる前に俺は問い返す。
「水戸黄門の話をするために来たんじゃないだろ?」
「まあ、そうね。お盆休みはいつから?」
脈絡もなく休暇の日取りを訊いてきた。
なんだ、休日でないと頼めない用事でもあるのか。
顔を見返して質問の意図を探ると、凛那は真顔で答える。
テレビ画面で怪人対ヒカリファイバーの活劇が始まると同時だった。
「盆休みならあんたもしのばあちゃんとゆっくり面会できるでしょ?」
「二人で面会行くのか?」
「もう面会の予約入れてるから。行きましょう」
「そうだな。行くか」
何も断る理由はない。
手に職もつけて生活も落ち着いてきたし、何より久々に祖母の顔を見に行きたい。
想像以上の即答だったのか、凛那は驚いた目を俺に向ける。
「そんなあっさり決めちゃっていいの。暇人なの?」
「一言多いな」
憎まれ口を叩かずにはいられない性格なのか。
いちいち癪に障る居候を睨んでからテレビ画面へ意識を戻した。
「盛り上がるところ終わってんじゃねーか!」
醍醐味である活劇はすでに幕を閉じて、エピローグっぽい今日の登場人物の後日談が流れていた。
この俳優共演したことあるわよ、という元女優の話は無視してやった。
うだるような夏の暑さの中に、海から吹き渡る潮風が春浜の駅にまで届いていた。
春浜の駅に歩き着いたまいかは、潮風に白のワンピースを揺らしながら首筋の汗を手で拭う。
「今日はちょっと暑いです」
駅の東から照りつける太陽はまだ登り切っていないが、それでも真夏の日照りは身体に堪えた。
駅のホームには人気がなく、まいかは端が朽ちかけた木製のベンチに腰掛ける。
念入りに調べてきた電車の時刻まで、もう少しだ。
健志と出掛けた広島のロケーションがまいかの頭の中で思い返される。
まいかの表情に自然な笑みが浮かぶ。
「きちんと小園さんと同じように行けば、広島に着くはずです」
あの時よりも一時間ほど早いが、乗り換え地点までのダイヤルがあることは確認済みだ。
それに盆休みに入りおとまるも限られた時間しか営業しないため、母親からは休暇をもらった。
今日と明日は念願の広島だ。また米沢実の展覧会を見に行ける。
「ん~ん~ん~♪」
浮き立つような気分で鼻歌を奏でだす。
曲はお気に入りのメタリカーのエンディングだ。
これから向かう行き先を思い出し、まいかは電車の時刻が待ち遠しくて仕方なかった。
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