まいかルート 三章 大人という怖さ

まいかルート 3-1

 広島旅行から帰ってきて以来、おとまるでまいかさんと会うたびに「また都会に行きたいです」と広島含めいろんな都市の話を持ち掛けて来るようになった。

 とはいえ頻繁に遠出できるほど俺も手が空いていないため、いつもやんわりと断り続けていた。


 まいかさんの希望に沿えない返答を続けていると、ある日昼休みを見計らったようになみこさんから呼び出され、俺はおとまるへ向かった。

 普段ならレジにはまいかさんが立っているが、この日は配達に出ているのかなみこさんが一人で店内を歩き回っている。


「なみこさん。何か用ですか?」


 店に入るなり問いかけるとなみこさんは振り向いた。

 珍しく微笑を浮かべていない厳しい面持ちに、どきりと心臓が鷲掴みにされる。

 柔和で整ったなみこさんの容貌は嘘のように怜悧な空気を纏っている。


「小園さん。呼び出して申し訳ないです」

「休憩中ですから気にしないでください。それで呼び出した要件はなんですか?」

「まいかのことです」


 間髪入れずに告げた。

 なんとなく予期していた要件だったが、予期していないなみこさんの真剣な面持ちに思わず固唾を呑む。


「最近、まいかが健志さんに何処どこ行きたいと我が儘を言っているでしょう」

「我がままというか、まあ、言ってますね」


 苦笑を返しながらもなみこさんの我がままという言葉選びが、何故か引っ掛かった。

 まるで、都会に行きたいという欲を持つことがいけないことのような。

 何事も寛容に受け入れるなみこさんからは想像もつかない突き放した言い方だ。


「健志さんがまいかの我がままに付き合う必要はありませんから。きっぱりと断ってください」


 俺の違和感に追い打ちをかけるように、なみこさんは俺に否定的な提案を持ち掛けてきた。


 どうして、まいかさんの希望を絶つようなことを?


 なみこさんの心中を読み取ろうと試みるが、水晶のように怜悧な空気を放つなみこさんの瞳と対していると口を噤んでしまう。

 俺が言葉を失くしていると、なみこさんがよく見る微笑を顔に戻して話し出す。


「またすぐに行けると思うとまいかはずっと言い続けると思うので。あの時が特別だったとまいかを納得させるために、健志さんの方から断ってください」

「まいかさんが行きたいなら、盆休みとかぐらいなら……」

「お気持ちは嬉しいですが、まいかに諦めさせないといけません。簡単に行ける場所だと思ってしまうと、余計に我がままでご迷惑を掛けることになりますから」


 別に迷惑じゃないですよ、と返答するべきだとは頭ではわかっていたが、なみこさんの言い分が腑に落ちてしまった。

 俺が迷惑に思わなくても、娘が人様を頼りに私欲を叶えようとしている姿に、母親が申し訳なさを感じないわけがないのだ。

 納得して黙りこくっていると、なみこさんが話を転換させるように弁当の棚から一つ手に取って俺に見せてくる。


「これが今日のおススメ。鮭の甘酢あんかけ弁当です」


 そう宣伝してくるなみこさんの表情は、俺が良く知る柔和な笑顔を湛えている。

 最初に見た冷たい印象のなみこさんの姿をどう受け止めればいいのだろうか。

 なみこさんの腹積もりが俺にはわからない。

 だけど親子関係に他人の俺がどうこう口出しするべきじゃないよな。

 普段と違うなみこさんに疑問を感じたが、余計な干渉は控えることにして財布をズボンから取り出す。


「その弁当にします。美味しそうですね」

「ありがとうございます。また感想聞かせてくださいね」


 そう言いながら代金を俺から受け取ったなみこさんは、代金を仕舞うためにレジへと戻っていった。


 なみこさんの言う通り、まいかさんに対してきっぱり断ろう。


 曖昧な返答をしないのも一つの優しさなのかもしれない。

 次にまいかさんを会った時は本音で答えようと、と決めて会社へ引き返した。

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