まいかルート 2-4

 結局まいかさんの希望で会場が閉まる十分前まで粘ってから、地下鉄で広島駅まで戻って駅近くのビジネスホテルにチェックインした。

 会場を出て地下鉄で広島駅まで戻る間に生欠伸をしていたまいかさんは、ホテルのロビーの椅子に凭れて船を漕いでいた。


「まいかさん。隣同士の部屋取れたよ」

「……よかったです」


 ビジネスホテルを利用した経験がないまいかさんは、俺と同じ部屋がいいと希望したが、俺の方が気恥ずかしくて、隣部屋で妥協することにした。

 うとうとするまいかさんに放っておけず、肩から揺すってあげる。


「まいかさん、ここで寝るのは良くないよ。部屋まで送ってあげるから」

「……はいです」


 都会の慣れない空気や人の多さ故に、まいかさんが疲れてしまうのも無理はない。

 まいかさんはのっそりと立ち上がり、眠そうな細目で笑った。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ。ほら、部屋まで行くよ」

「はいです」


 立ったままでも寝そうなまいかさんを連れて、宿泊部屋のある三階まで上がった。

 互いの部屋の前まで来て、まいかさんが困ったように俺を見る。


「入っていいですか?」

「ロックの仕方とかわかる?」


 尋ねると、案の定首を横に振る。

 俺がまいかさんの部屋のドアでカードキーの使い方をレクチャーすると、こくこくと頷いた。


「使い方、わかったです」

「ホテル出るまでなくさないようにね」

「はいです」


 眠そうな目をしたまま返事をすると、まいかさんは部屋の中へ進んでいく。


「それじゃ。おやすみ、まいかさん」


 ドアが閉まる前に声を掛けると、おやすみですと小声で返してゆっくりとドアが閉められた。

 念のために外側からロックされるのを見届けから俺も隣の部屋に入った。

 シャワーだけ浴びて俺も就寝しよう。

 朝早くから行動して、はしゃぐまいかさんに付き合って、想像以上の疲労を感じて寛ぐ余裕もなかった。



 翌日、新鮮な疲労のせいかむしろ快眠だった俺は洗顔や着替えを済まして、午前九時になり隣部屋のまいかさんを起こすためにスマホで電話を掛けた。

 四回コールしても通話が切られる様子すらなく、仕方なくスマホを鳴らしたまま隣部屋の前まで移動する。


「まいかさん、起きてる?」


 ドア越しに聞こえるかどうか、部屋の中のまいかさんに尋ねる。

 何時に起きるとか伝えていないとはいえ、広島まで来て一日中寝かせておくわけにもいかない。

 今度は先ほどよりも強くノックしようか、と考えたところでスマホでまいかさんと通話が繋がった。

 スマホを耳に当てると、朝ですかぁと間の抜けたまいかさんの声が返ってきた。


「うん、朝だよ。現在九時ちょっと過ぎ」

「小園さん、どこですか?」

「まいかさんの部屋の前」


 そう答えると通話が切れて、ドア越しにまいかさんの気配を感じた。

 開けてくれるのかと期待して待ったが、聞こえてくるのは「えぇ」とか「あれぇ」とか焦った声だけだった。


「どうしたの。何かあった?」

「カード。どこに置いたかわかんないです」


 当たり前のようにやってはいけないことを報告してくれる。

 溜息を吐きたくなるが、まいかさんを落ち込ませないように抑えて、ドア越しに助言する。


「テーブルの上とか、荷物の中とか、探した?」

「テーブル、テーブル、ああ、ありましたぁ」


 寝る前に自分で置いたのを忘れていたのか、案外すぐに見つけてドアが開いた。

 ドアが開いてまいかさんが現れ、俺の顔を見るなり表情を綻ばせる。


「小園さん。おはようございます、です」

「おはよう、まいかさん」


 とりあえず挨拶を交わすが、部屋から出てきたまいかさんの格好に頭を抱えたい衝動を覚えた。

 昨日よりも皺くちゃになっただけの同じワンピース姿で、とても今すぐロビーまで降りられる状態ではない。おそらくシャワーさえも浴びていないだろう。


「まいかさん。もしかしてその服のまま寝ちゃった?」

「……そうです」


 思い出すような間があってから、まいかさんは素直に頷いた。

 そしてすぐに、ほんわかとした笑顔になる。


「お腹空いたです。朝ご飯食べたいです」

「朝ご飯はいいけど、せめて服だけは着替えようよ」

「これじゃダメですか?」


 不思議そうにワンピースを見下ろしているが、俺は断固として首を横に振る。


「なみこさんでも同じこと言うと思うよ。さすがにその恰好でロビー降りるのは非常識だよ」

「ひ、非常識ですか?」


 非常識という言葉にまいかさんは敏感にのけ反る。

 頷くと、しゅんと俯いてしまう。


「ごめんなさいです。着替えるです」

「着替えが用意してないわけじゃないんだよね?」

「はい。お母さんが準備してくれたので」


 恥ずかしげもなく、荷物が母親の手により支度されたと告白している。

 でもなんだろう、なみこさんの存在を感じると途端に安心する。


「それじゃ着替えてきて。俺は隣の部屋にいるから、また何かあれば呼んでね」

「はいです」


 まいかさんの返事を聞いてから隣の部屋に戻った。

 着替えを待つ時間を使って、なみこさんにメッセージを送る。


『今日の暗くならないうちには帰ります』

『ありがとうございます。最後までまいかをよろしくお願いします』


 なみこさんのスマホに向かって微苦笑でもしていそうな丁寧な返信を見て、まいかさんへの心配が伝わってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る