まいかルート 2-3

 展覧会場を巡る間、終始まいかさんははしゃぎ通しだった。

 まいかさんの話についていくことは出来なかったが、楽しそうなまいかさんの話を聞いているだけでも、不思議にもこっちまで愉快な気分になった。

 展覧会場を一通り歩いて出入り口まで戻ってくると、満面笑顔のまいかさんがグッズ購入ブースを指差す。


「小園さん。お土産です」

「何か欲しいものある?」


 ブースの外から見る感じ、会場限定や記念グッズも売られているらしく、レジで若干待つぐらいには混んでいる。

 まいかさんは顔いっぱいの笑みで答える。


「いっぱいあるです。寄っていいですか?」

「もちろんいいけど、手に持て……」


 俺が忠告する前にまいかさんはグッズブースへ向かってしまう。

 走っちゃダメだよ、とパパみたいなこと言いながらまいかさんの後に続いて俺もブースへ入った。

 まいかさんはブースに入るなり、棚に並んだ限定アクリルスタンドの見本品に目を輝かせる。


「見てください、見てください。メタリカー、アドベンジャー、アクションマンまで、ホワイタイガーもあります」


 まいかさんと展覧会を巡ったおかげで、どれかどれかの区別はつくようになっていた。

 目で種類を数える辺り、十五種類はある。

 全種類は無理だけど、二種類ぐらいなら買ってあげられるかな。


「まいかさんはどれが欲しい?」

「全種類です」


 意気揚々とまいかさんは告げた。

 前提から捨てていた返答に俺は微苦笑を抑えられない。


「さすがに全種類は持ち帰れないよ。箱に入ってて嵩張るから二種類までかな」

「二種類ですか。コンプリートできないですか?」

「ごめんね。郵送もないと思うから、二種類に絞ってくれるかな?」

「そうですか。じゃあ他のにします」


 俺の返答に購入意欲が萎んだのか、ブース内の他の商品棚へ歩き出した。

 申し訳なく思い背中に向かって謝りながら、まいかさんの後に着いていく。


「これはいいですか?」


 限定Tシャツの棚の前で立ち止まったまいかさんが、Tシャツを指差しながら訊いてくる。

 Tシャツならアクリルスタンドよりかは嵩張らないだろう。


「どんなTシャツなの?」


 俺が尋ねると、まいかさんはビニル袋に入ったSサイズを手に取って俺に見せてくれた。

 黒地に40thとローマ字でヨネプロヒーローという金文字と線画でメタリカ―の横顔が描かれている。

 普段着も出来てファンには思い出になるデザインだが……

 思わず、まいかさんの胸元に目がいってしまう。

 Sサイズは厳しいんじゃないかな?


「おかしいですか?」


 俺が真顔でいるからか、まいかさんが不安そうな目で窺ってくる。

 努めて笑顔を浮かべる。


「おかしくないよ。ただまいかさんにはサイズが小さいんじゃないかなって思って」

「そうなんですか。サイズどこに書いてありますか?」


 俺の言葉を聞いたまいかさんがTシャツのビニル袋を反転させながらサイズ表示を探す。

 サイズ表示ではなく想像だけで言っているのを誤魔化すために、同じ段の二つ隣に陳列されている同デザインのLサイズを手に取る。


「まいかさんは大人だから、これぐらいのサイズでいいと思うよ」

「これ、子ども用ですか?」


 自分が手にしているSサイズを見て、ちょっと落ち込んだ声を出した。

 子ども用というわけではないが、何かしら理由をつけないとまいかさんがLサイズを得選んでくれないような気がした。

 買った後で後悔しないように俺が誘導していかないと、小さいサイズを着られたら言葉の通り目も当てられない。

 まいかさんはSサイズを戻して、俺の持つLサイズを見つめる。


「小園さんぐらいの人が着る大きさです」

「サイズが三つしかないからね。それとゆったりしている方が動きやすいよ」

「小園さん買うですか?」


 実用的な話をすると、覗き込むような瞳で窺ってきた。

 記念に買おうかな、と意欲を見せるとまいかさんが笑顔になる。


「ならわたしも買うです」

「別に俺に合わせる必要ないんだよ。まいかさんが好きな物を……」

「好きな物も買うです。でもこれも買うです」

「あ、そういうこと」


 たしかにお土産は一つとは言っていない。

 念のためにもう一度やんわりと釘を刺す。


「持ち帰れないような数は買えないよ。それにあまり高価なものも」

「自分のお金で買うから大丈夫です」


 俺の注意を聞いたか聞かないか、まいかさんはTシャツを持ったまま別の商品棚へ歩き出してしまう。

 次は少々値の張る限定モデルのフィギュアの収納されたガラスケースを眺め始めた。

 ガラスケースの中を覗くまいかさんの瞳は憧れの人に出会ったような純真な子どもみたいに生き生きと輝いている。

 俺のことなど眼中から消えたまいかさんに近づき、微苦笑をとともに声を掛ける。


「まいかさん。これは買えないよ、ごめんね」

「いいんです。見られただけで嬉しいです。あ、ここもリアルです、すごいです!」


 俺にも見てくれと言わんばかりにケースの中を指差す。

 まいかさんの横から指差す場所を覗くと、表示された値段を出してもいいと思えるほど精緻な細工と塗装がされていた。


「本当に細かく作られてるね」

「持ち帰るときに傷つけてしまいそうです。他のもの探します」


 観賞を堪能できたのか、まいかさんは満ち足りた顔でブースの中でも比較的安価な商品が並んだ棚へ向かった。

 まいかさんにとって今日が良い思い出になっているといいな。

 笑顔のまいかさんを着いていきながら、俺自身も幸せを感じていた。

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