まいかルート 2-2


 会場へ近づくに連れてまいかさんはファンとしての熱が昂り、車中にも関わらず脈絡もなく俺にヨネプロヒーローの知識を語ってくれた。

 幸い運転手が温厚な方で話し声を咎められることはなく、まいかさんの話に耳を傾けながら会場の建物が見えた辺りでタクシーを停めた。


「まいかさん、降りるよ」

「はいです」


 たまたま歩道側の座席だったまいかさんに先に降りてもらい、料金請求の際に運転手へ頭を下げる。


「すみません。話し声がうるさくて」


 運転手は気にしないでというように顔の前で手を振り、俺の払った料金を確認が住んでからタクシーを降りた。

 俺が降りると、まいかさんは目と鼻の先まで会場が迫っているからか、ハンドバッグを両手に持ってご機嫌に上半身を揺らす。


「小園さん、あと少しです。早くです」

「あと少しで着くね。あ、ありがとうございました」


 最後にドア越しにタクシー運転手へ会釈してからまいかさんに向き直った。

 どうも待ちきれないのか、まいかさんが俺の服を掴んで急かす。


「早くです。時間なくなっちゃうです」

「わかったから服引っ張らないで」


 軽く注意すると、すぐに服から手を離した。

 しゅんと見るからに落ち込む。


「ごめんなさい、です」

「謝らなくてもいいよ。ここまで来たら急ぐことないんじゃないかな。会場は逃げないから」

「そうです。逃げないです」


 まいかさんは逸る気持ちを抑えるように胸に手を置いて頷く。

 タクシー運転手が微笑ましげに俺とまいかさんを一瞥してから、ゆっくり滑るように発進していった。

 運転手からは、俺とまいかさんがどのように見えていたのだろうか?


「タクシーの人、良い人でよかったです」

「そうだね。ほら、行こう」


 カップルという雰囲気ではない気がする。

 弾む心を頑張って抑えているような笑顔のまいかさんを見て、微かに生じた自分の想いを否定した。

 


 当日券で展示会場に入ると、まいかさんは早速入り口で出迎えた銀色の頑丈なヘルメットを被ったようなヒーローの等身大パネルに駆け寄っていった。

 等身大パネルと自身の頭頂部からの高さを比べて、目線を合わせようと小さく跳ね始める。


「メタリカー、やっぱ高いです」


 踵を上げるように跳ねているだけなのに、爛漫な笑顔の下で豊かに実っている部分が揺れている。

 俺は慌ててまいかさんを隠すように近寄って笑い掛ける。


「まいかさん。このパネルと写真撮る?」

「メタリカ―です。小園さん」


 名前で呼ばないと気が済まないのか、少し怒った声ですぐさま指摘された。

にわか未満なんだよ、オタクと基準を合わせるのは無理だ。


「えーと、メタリカーと写真撮る?」

「はい。お願いします」


 改めて促すと、まいかさんはメタリカーと同様の決めポーズで隣に立った。

 少し距離を取りスマホで写真を撮影すると、写りを確認するためかこちらへ来る。


「カッコよく撮れましたか?」

「カッコいいのかな?」

撮った写真を見せてあげると、じっと眺めて嬉しそうに破顔した。

「いい感じです」

「それじゃ次の展……」

「ゲリラドン戦で見せた、メタリカーファイナルモードチェンジポーズでも撮りたいです」


 聞いたこともない横文字を連発して、悪びれない笑顔でお願いしてきた。

 オタクって凄まじいな。長々しい横文字がスラっと出てくるんだから……今日俺、気力持つかな?

 俺の胸に兆した一抹の不安をよそに、まいかさんはパネルの隣まで戻って先ほどよりも多くの動きをつけてポーズを決めた。

 入り口の等身大パネルで大仰な変身ポーズしている成人女性は目立つのか、周囲からの視線を微かに感じ始めた。


「小園さん。第一話の変身ポ……」

「最後にここ戻ってくるから、とりあえず展示観に行こうか」


 更なる写真撮影を要求してくるまいかさんに被せて、スマホを仕舞いながら半時計周りの通路へ歩き出す。

 わかりました、と聞き分けよくまいかさんは返事して、等身大パネルを離れて早足に着いてきた。

 だが通路に入ってすぐの屏風のように立てられた、ヨネプロヒーローの年表を見るなりはしゃいだ声で俺の名前を呼んだ。

 楽しそうで何よりだが、俺が先導していかないと一日で会場を回りきれないだろうな。

 得々と話すまいかさんに、年下の従妹を見守るような心持で笑い返した。

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