まいかルート 1-7
なみこさんからの忠言が頭を離れることがないまま、一日の業務を終えて帰路に就いた。
昼休憩の時のことを考えながら歩いていると、おとまるの店先で黒髪の女性と喋っているまいかさんを見つけた。
歩み寄っていくとまいかさんと話している女性が居候の女だと気が付き、思わず足を止める。
「小園さん。今日もこんばんはです」
居候の女もとい佐野凛那の存在に立ち止まった俺に、まいかさんが笑顔で挨拶をくれた。
まいかさんの声で居候の女も俺の存在を察して横目に見てくる。
「なに、仕事帰り?」
「そうだけど、お前は何してんだ?」
尋ねながら凛那の手に弁当の入った袋を見つけ、おおよそ理解した。
凛那は億劫そうな顰め面になる。
「ここは弁当屋なのよ。お弁当を買う以外の目的ほとんどないでしょ」
「それもそうだな。で、どんな弁当買ったんだ?」
「見せてもいいけど、もう売り切れたわよ」
「小園さん。佐野さん生姜焼き弁当買ったです」
凛那が見せる前にまいかさんが教えてくれた。
まいかさんの裏切りに凛那は咎めるような目をまいかに向ける。
「まいか。なんで言っちゃうの?」
「ダメでしたか?」
純粋に意図がわからない、という表情をまいかは浮かべた。
悪気のないことはわかっているからか、凛那は仕方なさそうに溜息を吐く。
「ダメではないけど、答えを言ったら会話が続かないじゃない」
「そうなんですか」
「そうなの。わかった?」
「わかりました」
反論は一切せずに健気に頷いた。
まいかによって俺との会話が途切れた凛那は、俺とまいかを交互に見て疑問を感じた様子で顎に手を添える。
「二人、最近よく会うの。なんだか余所余所しさが感じられないんだけど、まいかが今日も言ってたのも気になる」
「昼に弁当に買いに来るし、帰りも前を通るからな」
「そうです佐野さん。小園さんいつもお弁当買ってくれます」
俺が答えると、まいかさんが笑顔で主張を合わせてくれた。
ふーん、と凛那は何を考えているのかはっきりしない相槌を打つ。
「おとまるの常連になったんだ」
「まあ、そういうことだ」
「小園さんの話聞くの好きです」
皆まで言わない、という干渉を控えた雰囲気だったが、まいかさんの明け透けな言葉が空気を壊した。
途端に凛那が怪訝な目を俺に向けてくる。
「まいかに変なこと吹き込んでないわよね?」
「そんな馬鹿げたことしねぇよ。東京にいた頃の話とか、仕事の話とかだ」
「ならいいんだけど、調子乗ってまいかに下品なこと教えないでよ」
「俺がそんな節操もない人間に見えるか?」
「世の中に絶対なんてないもの」
理を説くように言い切った。
その言葉は、もうちょっとポジティブな場面で使ってくれ。
俺と凛那の禅問答に置いてけぼりになっていたまいかさんは、感心したように目を見開いた。
「そうなんですか。勉強になります」
「真似しちゃダメだよ、まいかさん」
「わかりました。小園さんがそう言うなら、そうだと思います」
通い詰めている成果なのか、まいかさんに手放しに信用されているようだ。
まいかさんの俺に対する態度に納得いかないのか、凛那が不服そうに眉を顰める。
「こいつの方が好感度高いの。あたしの方が付き合い長いのに」
「佐野さんも良い人です。たまに弁当買ってくれます。大人っぽい服くれました」
笑顔で好意を打ち明けたまいかに、凛那は照れ臭そうに視線を逸らした。
「そ、そうね。こいつとの好感度なんて誤差程度。男であることを差し引けば、あたしの方がまだ上ね」
「男だからって無条件に好感度差し引くなよ。男にどんな恨みがあるんだよ」
「だって、まいかと会うたびに最初は胸を見るでしょう。それだけで減点」
「全員が全員じゃないだろ……」
完全に否定できないのが悔しい。
凛那よりも断然まいかさんの方が勝っていることは事実だしな。
俺と凛那のくだらない会話を聞いていたまいかさんが、不思議そうな顔で首を傾げる。
「わたしの胸に何かあるんですか?」
「大丈夫。何もないよ」
「まいかはそのままでいてね」
頑としてまいかさんに下々の知識を与えない、という考えでは凛那と一致した。
何もないですか。良かったです、とまいかさんは笑顔を戻してくれた。
その直後、店の中からまいかさんを呼ぶなみこさんの声が聞こえ、まいかさんがすぐに返事をする。
「それじゃ、また明日です」
まいかさんは俺と凛那にそう告げて、店の中に戻っていった。
店の外に残され、凛那が感情を窺えない視線で俺を見る。
「ねえ、これから帰るの?」
「そうだな。でもご飯炊いてないだろ?」
「面倒だったもの」
「じゃあ弁当だけ買っていくかな」
「ここで待っててもいい?」
「どうして、帰らないのか?」
意図がわからず尋ねると、凛那は気掛かりそうな目をおとまるの店内へ送る。
「まいかのことで聞きたいことがあるの。話しながら帰りましょ」
「まいかさんのこと、か。何か知らないけど、聞かせてもらう」
凛那の表情から推測して他愛ない話ではないだろう。
おとまるで早々に半額弁当を買ってから、凛那と帰り道を共にした。
凛那とそれぞれに弁当を入れた袋を手に提げて、日が落ちかかる民宿への坂道を下りながら凛那が切り出す。
「さっきおとまるにいた時、まいかとなみこさんに違和感を覚えたの」
「違和感。どんな?」
凛那の言葉に俺は納得しかねた。
昼休憩の時や、さっきも会ったばかりだが、特別違いは感じなかった。
実感に乏しい俺に呆れたように凛那は非難の目を寄越す。
「わからないのね。まいかと話しているなら違和感を覚えて欲しいわ」
「なんだよ。その違和感って」
「まいかがやたらに都会のことを聞いてくるの」
「俺にも聞いてくるぞ。興味があるんだろ」
「まいかが知りたいだけなら別にいいんだけど、あたしが都会のことを話し始めるとなみこさんが計ったようにまいかを呼ぶのが、おかしい気がするの」
「偶然じゃないのか?」
「偶然だと思えないから違和感なの。厨房まで話し声が聞こえているはずなのに、都会の話題になった途端なみこさんに遮られるんだもの。まるで、まいかが都会に詳しくなることを避けてるみたいな、そんな印象なのよ」
「ああ、そういうことか」
凛那の違和感を聞いていて、昼休憩時になみこさんの忠言を思い出した。
――都会の怖さも教えてあげてくださいね。そうしないとまいかが行きたいって言いだしてしまいますから。
なみこさんは、まいかさんが都会に出掛けることを忌避しているのか。
確かに寛容で人の良いなみこさんが、会話を遮るような行動しているのもなみこさんらしくない。
なみこさんの言う通り都会は恐いところもあるけれど、恐いばかりでもないと思うんだよな。
「考えれば考えるほど、なみこさんが何かを恐れているような気がしてくるの」
「都会の怖さを教えてあげてください、ってなみこさんに言われたよ」
頭の中でモヤモヤしていた発言を凛那に打ち明けた。
凛那は合点したように目を見開く。
「それがほんとなら、まいかが都会を恐いものだと思うように仕向けてる証左じゃない」
「あの時は偏った話をしてたから納得できたけど、会話を遮るほどならちょっと神経質だな」
そういえば、まいかさんは『放映五〇周年米沢ヒーロー展』に行ってみたいと話してくれたな。もしかしてなみこさんは、まいかさんが一人でイベントに出掛けてしまうのを恐れているのだろうか?
たしかに、まいかさんが慣れない都会に一人で放り出すのは危険な気はする。
「なみこさんはきっと、まいかさん一人だと危険だから都会に行かせないようにしたいだけじゃないかな。親として心配なんだよ」
なみこさんなりの親心だと考えると、急に乙山親子の関係性が微笑ましく感じてきた。
他人には寛容なんだけど、娘のことになると過保護になっちゃうのかな。
緩んでいく俺の表情を見てか、凛那がぱちくりと目を瞬く。
「え、そんな親馬鹿な理由なの?」
「ほら、まいかさんって少しマイペースなところあるから」
「それはわかる。都会って雑駁してて目まぐるしいものね、まいかだと混乱しちゃいそう」
乗り換えの駅で混乱しているまいかさんを想像すると、無性に庇護欲が湧いてくる。
なみこさんが心配するのも納得だ。
まいかさんのことで凛那と話をしていると、あっという間に民宿へと帰り着いていた。
まいかとなみこさんへの違和感の正体を見つけたからか、凛那の顔からはすっかり気掛かりは消えていた。
「あたしは自分の部屋で食べるから、台所使いたかったらどうぞ」
それだけ告げると、凛那は沓脱でスリッパに履き替えるなり自室へと歩いていった。
お腹空いたし、台所のレンジで温めて弁当食べよ。
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