まいかルート 1-5
明くる日、修理部品を取引している会社との打ち合わせがあり昼休憩の時間が普段よりう一時間遅れた。
昨夜ヨネプロヒーローについて多少調べたゆえに、まいかさんと会話の続きをしたかったのだが、おとまるに入るとまいかさんの姿はなかった。
代わりになみこさんが一人で棚の整頓をしている背中が見え、弁当を買う目的もあるため棚へ近づく。
俺が入り口を潜ると、なみこさんが気づいて笑顔で振り向いてくれる。
「いらっしゃいませ。まいかなら配達に行ってますよ」
「そうですか……今日のおすすめの弁当はどれですか?」
まいかさんに会いに来た、とはこれまで一言も口にしていないのに見抜かれてい
た。
それでも実際に昼食の弁当を買う目的はあるので、残念な気持ちは隠してなみこさんに尋ねた。
なみこさんは手に持っていた弁当を差し出してくれる。
「冷たくても美味しい、味付け鶏肉弁当です」
弁当の中身を覗くと、醤油みたいな色合いの味付けがされた鶏の胸肉に付け合わせにほうれん草のお浸し、壺漬け、何等分かにした厚焼き玉子の一切れ、そして梅干しの乗せた白米。
今まで見たことないが、美味しそうだ。
「これにしますか?」
「はい。一つ頂きます」
即座に答えて財布を出す。
夏が近いですからね、となみこさんは呟きながら弁当を持ってレジの方へと移動した。
「健志さん、盆休みはどこかにお出かけですか。お箸要りますか?」
「あ、結構です。前回貰ったの持ってるので。盆休みですか、特に予定はないですけど」
五〇〇円玉をクルトンに置きつつ質問に答えた。
そうですか、となみこさんは話題を続けるか迷うような間を空けてからポリ袋に手を伸ばす。
「袋は要りますか?」
「大丈夫です」
「健志さん」
「はい?」
剥き出しの弁当をレジに置いてなみこさんは改まった目を向けてきた。
スーツズボンのポケットからおとまるで貰って常用になったポリ袋を出しながら、珍しく真剣ななみこさんに眼差しに対する。
「まいかにあまり期待させるようなことばかり言わないでくださいね」
「え。それどういうことです?」
予想しなかった注意に俺はたちまち戸惑う。
なみこさんは言いづらそうに視線をレジスターの開閉に向ける。
「あの子は都会に憧れというか興味を持っていますから、健志さんが良い話ばかりするとその一面しか見ずに判断してしまいます」
「だけど都会を悪し様に言うものないですよ」
「都会という深い海のように美しくも、底は真っ暗で怖ろしいところがあることを健志さんならわかっているはずです」
「真っ暗で怖ろしいって具体的にどんな?」
なみこさんの比喩的な言い方に詳説を求めると、なみこさんは物悲しそうに目を細めた。
「都会は競争社会です。輝かしいものの下には多くの敗者がいて、同じ人間なのにカースト意識が蔓延っています。誰々より稼いだとか、誰々の子供は高学歴とか、常に物差しで測られている気分になります」
「……そこまで悪く考えなくても」
「それに弱い人を騙そうとする人も多いです。まいかみたいな子は都会の海に入ったら、自力では浮かび上がってこられないでしょう」
なみこさんの都会を嫌悪するような口ぶりに、さすがに聞くのが辛くなった。
辛いと感じるのは俺自身なみこさんの言葉を否定できないから、と自覚してしまうのも胸苦しい。
美優に振られたのも他者と比較して魅力で負けたからで、もしも勝てていれば振られない未来もあったかもしれないのだ。
俺自身が都会から逃げた敗者だからこそ、なみこさんの言葉が刺さってしまうのだろう。
「ごめんなさいね。暗い話をして」
沈んだ空気に耐えかねたのか、なみこさんが微苦笑をして普段通りの表情に戻り、話題を打ち切るようにレジスターを閉めた。
「くれぐれも都会の怖さも教えてあげてくださいね。そうしないとまいかが行きたいって言いだしてしまいますから」
「わかりました。お弁当いただきます」
「はい。まいどあり」
俺の方もこれ以上東京にいた頃の過去を思い出したくなくて、昼食のことに意識を割いておとまるを出た。
確かに良い所ばかり伝えていると、まいかさん勘違いしちゃうかもな。
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