まいかルート 1-4

 半田整備で働くうちに当初の不安はなくなり、売り上げや部品注文などを管理する事務員として正式的に採用された。

 世はペーパーレスの時代で半田整備に修理部品を発注してくれる会社は、以前からうちに手書きの納品書を控えるようお願いしていたらしく、半田さんはようやく先方の要望に応えられたと俺の採用に伴い喜んでくれた。


 パソコン関連の作業が何一つできない整備士たちに代わり、事務仕事やときには雑用を日々をこなしていると、あっという間に二週間が過ぎてしまった。

 そんな仕事に慣れた俺は昼休憩のたびに通っているうちに、いつの間にかおとまるの常連になっていた。

 俺が昼休憩の時間に訪れると決まってまいかさんがレジをしてくれて、健気に対応してくれる彼女に親しみを感じている。

 レジスターで金額を打ち込んでいるまいかさんを眺めながら二週間を振り返っていると、金額を出したまいかさんが不思議そうな目を向けてくる。


「小園さん、会計終わりましたです」

「うん、ありがとう」


 最初は有り金の小銭から見繕って払っていたが、今では弁当分の代金を財布の別口に入れている。

 いつものように会計に感謝して弁当を受け取った。

 だがまいかさんは物問う目でじっと俺を見てくる。


「どうしたの、まいかさん?」

「もう戻ってこないですか?」

「戻ってくるって?」


 どこに、という主語がないためまいかさんの問いかけの意味を掴みかねた。

 聞き返す俺にまいかさんは残念そうに視線を下げる。


「小園さん、ここの仕事嫌いですか?」

「ああ、バイトとして戻るってことね。おとまるの仕事は嫌いじゃなかったよ。でも今の仕事も性に合ってるし、何より重宝してくれてるから働き甲斐があるよ」


 正直おとまるは俺がいなくても回っていると思う。なみこさんが力仕事以外なら何でも出来る人だから、あまり俺が力になれる場面は少ない。

 俺の返答を聞いたまいかさんは、先ほどとは違った興味の瞳を向けてきた。


「東京のときの仕事とはどうですか?」

「今の職場の方が断然居心地良いよ。東京で仕事してた時は同じ仕事してる人が自分以外にも何人もいて部署内で競うんだ。毎月どれだけ貢献したとか数字にされるのは監視されてるみたいで好きになれなかったな」

「……大変だったですね」


 思い出して恨みつらみ吐くと、まいかさんは想像が追い付かない茫然とした顔で簡素に言葉を返してくれた。

 大変なのが伝われば充分か。


「まいかさんの方はどう、仕事大変かな?」


 話題を繋げるために尋ねてみると、まいかさんは笑顔を見せた。


「毎日頑張ってる、です」

「それなら良かった。他のお客もいるからそろそろ行くよ」


 まいかさんの笑顔を見ると、こっちまで春風のような穏やかな気分が湧いてくる。

 昼休憩のちょっとした癒しだ。


「バイバイです」


 背伸びするようにしてまいかさんが店を出る俺に手を振ってくれた。

 俺の後に入ってきた初老の女性客が弁当の棚から微笑ましげにまいかさんを見つめている。

 平和な光景だ。

 ほのぼのした空気に満ちるおとまるを後にして、ほかほか弁当を片手に半田整備へ引き返した。

 

 

 おとまるに通うある日、まいかさんとレジで顔を合わせるなり質問された。


「都会ってどんなところ、か」


 何の脈絡もないが、東京に以前住んでいた俺だからこそ訊いたんだと思う。

 抽象的なことこの上ないが真面目に考えて答える。


「衣食住に困ることはないね。いろんな店や施設があって、各地への交通アクセスも良好で、お金さえあれば高層ビルのマンションにも住める」

「便利ですか?」

「まあ、そうだね。便利という言葉がわかりやすいかな」


 一般論に近い内容だが、これでいいのだろうか。

 まいかさんの背後でレンジが刃金を打ち鳴らすような軽い音を立てる。


「都会ではいろいろやってるってテレビで観たことあります」

「いろいろって、何のこと?」


 聞き返す俺に、まいかさんは電子レンジから弁当を出してレジの上に置いてから反応する。


「展示イベントとか、記念イベントとか、そういうやつです」

「たしかに生誕記念の展示とか、映画公開記念公演とか、都会じゃないと開催していないね」


 俺自身は映画の先行試写会ぐらいしか行ったことないが、大規模な展示やイベントは主要な都市を会場にすることが多い。

 しかし急に催し物に興味を持って、何か理由があるんだろうか?


「まいかさん。行ってみたいイベントでもでもあるの?」


 尋ねると小さく頷いた。

 答えるのが恥ずかしそうに胸の前で手を組んでもじもじする。


「ええと、……ロー展です」

「露店?」


 聞こえた部分だけ繰り返すと、まいかさんは慌てたように首を横に振った。


「違くて、その」

「耳悪くてごめんね。もう一回言ってくれる?」

「放映五〇周年米沢ヒーロー展、です」


 厨房にいるなみこさんにも筒抜けの声量で打ち明けた。

 放映四十周年米沢ヒーロー展、聞いたことないな。


「そんな展示があるんだ。どこで開催されてるの?」

「ええと、横浜とか札幌とか、あと名古屋でも、前にやってました」

「現在は開催されていないの?」


 レジの上の温まった弁当はそっちのけで会話を続ける。

 まいかさんは興味ある事柄ゆえか瞳孔を開いて反応速く答える。


「八月に広島で開催されます。広島は米沢実の出身地なんです」

「無知で申し訳ないけど、米沢実って?」

「米沢実です。ヨネプロヒーローの生みの親です。米沢実さんがいなかったらヨネプロヒーローはこの世に誕生しませんでした!」


 温まった弁当より熱い口調で教えてくれる。

 ファンの熱量にやけどしそうだ。

 ヨネプロヒーローって名前ぐらいしか聞いたことないぞ。

 ヒーロー物には無関心の俺でも名前を知っているぐらいだから国民的な知名度なんだろうけど、ファンじゃない人間には他のヒーローと聞き分けがつかない。

 画像を見せられたらピンとくるのかもしれないけど、それでも「見たことある」ぐらいの野球を知らない人のゴジラ松井みたいな立ち位置だ。

 イキイキとした瞳で語るまいかさんに悪いと感じながら、俺は腕時計に目を落とす。


「そろそろ職場戻るよ。食べる時間なくなっちゃうから」

「あ、行っちゃうですか?」

「他の客も来るかもしれないし。また明日いろいろ聞かせてよ」 

「はいです」


 まいかさんも仕事中であることを思い出したのか、弁当を袋に入れて渡してくれた。

 時間あったらヨネプロヒーローを少し調べておこう。

 手を振ってくれるまいかさんに手を振り返しておとまるを後にした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る