凛那ルート 7-14
送別会を通じて凛那は春浜の人達に愛されているのを実感した。
参加した方々は凛那の正体を知ってからも距離を置くことなく、他愛もない話で興じたり、東京行きを励ましたりしていた。
凛那も凛那で春浜の人達を話せるのが最後だという思いがあるのか、普段よりもいっそう楽しそうに歓談していた。
送別会の最後には、住民の方々からの餞別品がまとめて凛那へ贈られた。
餞別品の中には東京へは持っていけない大きなものまであったが、皆の厚意が詰まった贈り物に凛那の顔に陰の一切も刺すことはなかった。
終始にわたり凛那の笑顔が曇ることはないまま送別会はお開きとなり、運べる餞別品だけを抱えて俺と凛那は家路に就くことになった。
嬉しさの馴染出た朗らかな笑顔で歩いていたが、劇場の敷地を出てから横顔を盗み見ていた俺の方へ振り向いてくる。
「今日はありがと。送別会を企画したのあんたでしょ?」
「まあ、そうだな」
面と向かって礼を言われると照れ臭かった。
もちろん喜ばせたくて企画したのだが、いざ目の前に笑顔をあるとこそばゆいものである。
照れ臭さを誤魔化すために凛那が腕に提げている紙袋を指差す。
「その紙袋の中身。なんだ?」
「あ、これ」
凛那は歩きながら紙袋の口を広げて見せてくれた。
覗くと、十数枚が二束のDVDディスクが入っている。
「出演作でもプレゼントしてくれたのか?」
「山田さんがくれたの。手前のはあたしの出演作で、奥が仁さんの出演作」
嬉々とした口調で話してくれる凛那。
よくよくDVDディスクの表紙を見てみると、貸出の管理番号のシールが貼ったままだ。
「これ、レンタル用の商品だろ。こんなごっそり貰っちゃっていいのか?」
「あたしも心配して訊いてみたのよ。そうしたら同じ場所に新しく入荷するから問題ないって」
「そうは言っても、なあ」
「ほんとね」
申し訳ない気持ちが同じらしく共感の相槌を返してくれる。
それでも紙袋の中を眺める凛那の目には喜色が浮かんでいた。
立花仁に恋した凛那にとって、立花仁さんの出演作を手元に置けるのが嬉しくないはずがない。
嬉しそうな目でDVDディスクを見つめたまま凛那が呟く。
「あんたと結婚しても仁さんが好きなのは変わらない。叶わぬ恋だったけど仁さんのことは忘れたくない」
「立花仁さんのことを思い出して笑うようになったんだな」
ふとした気づきを凛那へぶつけた。
凛那は不思議そうな目を俺に返してから、納得できたように表情を綻ばせる。
「もう悲しみに押しつぶされることはないわよ。それにもしも押しつぶされそうになったら、あんたに助けてもらうの」
「俺が? 俺は一度も凛那のことを助けようと思ったことはないぞ」
救いの手を差し伸べたのではなく、凛那の悲しい顔を見ていられなくて無断で踏み込んだだけだ。
お節介で踏み込んだ俺を受け入れてくれたのは凛那自身だ。
「俺の方こそ凛那に救われたんだよ。凛那と出会ったから過去と向き合えて、もう一度人を好きになることが出来たんだ」
美優に振られてからというもの、人を好きな気持ちに素直になれなかった。
内心を吐露すると凛那は嬉しさ混じりに冷やかすような笑みを向けてきた。
「え、あたしのこと好きなんだ?」
「……好きだからこうして一緒にいるんだろ。言わせるなよ」
「いいじゃない。東京行ったらこんな惚気も味わえなくなるし、ちゃんと言わないと伝わらない」
「好きだ、凛那。愛してるよ」
「あたしも好き……何を馬鹿やってるのかしらあたし達?」
「ほんとだな」
慣れない惚気が馬鹿馬鹿しくなり二人で笑い合った。
しばし笑い声の残響が鎮まるのを待ってから、凛那が改まった物腰で俺を見つめる。
「あたしの願いの数々を叶えてくれて、ほんとうにありがとう。これでもう春浜には思い残すもないわ」
「そりゃよかった。それでも出発までは何日かあるから、何か希望があれば言ってくれ俺に出来る範囲なら叶えてあげたい」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、あんたにも希望があるなら言って欲しわ。あたしの出来る範囲で叶えてあげる」
「出来る範囲か。思いついたら話すよ」
「遠慮しなくていいからね」
物優しい目つきで凛那はそう言った。
いざ俺の方から凛那に求めることを考えてみるも、すぐに具体的に着想する希望はなかった。
強いて言うなら、凛那と一緒に居たい。そんな抽象的で我儘な望みだ。
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