すべての海を乗り越えて
@mis0nomis0
すべての海を乗り越えて
※この物語はフィクションです。実際の事物とは何も関係のない妄想です。
2023年11月26日 ジャパンカップ レース後
「おおー!イクイノックス!相変わらず強いなぁ!」
「先輩こそ相変わらず、というか、なんでまた去年と同じ作戦なんですか!」
「いやいや、そこであえての大逃げや。びっくりしたやろ?」
「ほんとびっくりしましたけど、もう、あんなの僕じゃなきゃ追いつけないですよ」
「そらそやな。なんか嬉しいわ」
ふたりの笑い声が夕陽を浴びている。
2022年10月30日 天皇賞秋
レース前
僕にはもうあとがなかった。ジオくんに皐月賞を取られて、ドウくんにダービーを取られて、僕は両方とも2着。善戦した。でも、悔しい。僕の詰めの甘さが、そのまま結果に表れている。
クラシック三冠最後の菊花賞にも挑戦したかった。でも、長距離が不安視されて、回避することになった。
背水の陣。なんて、言いすぎかな。でも今日のレースで結果を出さないと、菊花賞から逃げたことをきっと後悔する。
「おう!なにしんきくさい顔してんねん!」
「え?」
「いや、わかるで? 緊張するよな? このレースは周りは先輩ばかり。同期も少ないし心細くもなるよな?」
「え?あ、いや、あの違」
「まぁ、特に? このドバイターフ1着のパンサラッサさまを見て緊張するのも、よぉくわかる!」
「いやほんと違う」
全然話を聞いてくれないな。
「まぁ、まぁまぁまぁ! なんていうかな、こう、先輩の胸を借りるっちゅうんかな。レースが始まったら、あとはもう、先輩たちの背中を見てひたすら追いかけたらええ。難しく考えずに、ひたすら、な」
これは、励ましてくれてる……のかな。
「1着はこのパンサラッサさまがいただきやけどな笑」
ええー。
2022年10月30日 天皇賞秋
レース本番
『各馬ゲートイン完了! スタートしました!』
まずは全体の様子を見ながら中団に控えて……。
今日はどうしよう。
皐月賞のときは先行策で、残り200メートルでトップにたって「やった!」と思った瞬間にジオくんに抜かされた。
ダービーのときは後方から攻めてドウくんをマークしてみたけど、そのまま追走するかたちで、最後まで追い抜けずにゴールしてしまった。
かえすがえすも、僕は詰めがあまい。
「おお!? 今日は逃げを選ぶやつが多いなぁ??? 逃げが逃げにならんやんけ!」
相変わらず騒がしいお方だ。でもたしかに今日は全体的にペースが早い気がする。仕掛けどころを見極めないと。
「しゃあない。こうなったら世界のパンサラッサさまが、目の覚めるような脚を皆に見せてやらんとなぁ!!!!」
『向正面に入って、ハナを奪ったのはパンサラッサ! 4馬身、5馬身、どんどん差を広げていくー!』
さすがパンサラッサ先輩だ。ざわざわとレーズ場にどよめきが走る。
『最初の1000m通過タイムは57秒4!超ハイペース! パンサラッサの大逃げだー!!』
えええー!? いくらなんでも飛ばし過ぎじゃないですか?
いや、落ち着け。こんなハイペース、最後まで保つわけがないんだ。スタミナが切れて垂れてきたところを狙えば……垂れてきたところを……。
全然垂れてこない! ますます離されていく!?!?
『さぁパンサラッサ! このまま逃げ切ることができるのか! 最終コーナーをまわってこれだけの差! 直線に入った! 後ろは届くのか!? 残り400を通過しています!』
そんな。もしかして僕は仕掛けどころを間違えた? もう間に合わない? またあと一歩のところで負けるのか?
いやだ。いやだいやだいやだいやだ! そんなのはいやだ!
もう負けたくない。負けてなお強しと周りは評価してくれる。今日も一番人気を背負わせていただいた。でも、そうじゃないんだ。勝てると思ったレースで、あと一歩が届かなくて、目の前で勝利を逃すのが! たまらなく悔しいんだ! ダメなんだ! 1着じゃなきゃ!!!
『残り200メートルをきった! 逃げ切れるのか! 追いつけるのか! まだ先頭とは5馬身の差』
「よっしゃあ!この勝負もろたでェーーーー!!!!
んん!?!?!?!?!?」
負けたくない。
負けられない。
絶対に勝つ。
最後まで諦めない。
もう何も考えない。
あの背中を、ひたすら追いかける!!!!
2023年11月26日 ジャパンカップ レース後
「あのレースで僕は一皮向けたんです。最後まで諦めずに、最後まで気を抜かずに、追いかけ続けることを学びました。自分が勝利に執着していること、その執着に身を委ねて無心に走ることを覚えたんです。あなたは僕に勝負を教えてくれた。本当にありがとうございます。パンサラッサ先輩……いや、師匠!」
「なんや師匠て笑。俺は日本でGⅠ勝てずに世界を制した男。今日は12着や。笑うてくれ」
「それでも、僕はあなたに感謝していますよ、師匠。あれから僕は負けなしです。GⅠ6連勝です。もう、これで思い残すことはありません」
-----------------------------------------------
2023年11月26日 ジャパンカップ レース後 サイドP
なんやねん師匠て。お前からレースを教わったんは俺の方や。
あの天皇賞秋、俺はメイチで仕上げてきた。本当は俺こそが超ハイペースの大逃げでGⅠを制して伝説になるはずやったんや。それを。本当に追いつくやつがあるかい。
……ほんまは、来週のチャンピオンズカップに出るはずやった。ダート1800メートルなら十分に俺のスタミナも保つ。そこでガツンと勝って引退の花道を飾る。そういう計画もあったんや。
でもなぁ、イクイノックス。お前がジャパンカップで引退するかもしれんって、そんな噂を聞いたら、もう居ても立っても居られんくなって。気がついたらジャパンカップにも登録してた。
最後はお前と走りたかったんや。あのときのリベンジを果たしたかった。
結局負けたけど、楽しかった。俺は俺の勝負をした。それをお前は清々しく抜き去った。
ありがとうな。イクイノックス。
言わんけど。
すべての海を乗り越えて @mis0nomis0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます