第2話 義姉の来襲
晴天の霹靂という言葉は、まさにこんな時に使うのだろう。
俺はつい今しがた目の前の女性が放った言葉に衝撃を受けて固まってしまう。
「お
何とか意識を取り戻し、搾り出すような声でそんなことを尋ねた。
そりゃそうだ、全くもって意味がわからない。そもそも親父が再婚したことだって知らないぞ。
それともこれは新手の詐欺か何かか? と身構えていたら、きょとんとしていた相手が再び言う。
「どうもこうもそのままの意味だよ。ほんとに聞いてないの?」
「いや何も聞いてないですけど……」
長いまつ毛をパチクリとさせてこちらを見つめてくる相手を俺は鋭い目つきで睨み返す。
人を見る目に自信があるわけではないが、彼女の表情からは残念ながら嘘は感じられない。
そんなことを考えていると「あちゃー、ほんとに何も聞いてなかったのか」と相手はオーバーなリアクションで頭を押さえた。
「
「……」
ここで親父の名前まで登場。それによりこれまでの会話に否が応でも信憑性が生まれてしまうのだからマジで勘弁してほしい。
「私のお母さんも自由奔放だけど、君のお義父さんもなかなか凄いね」
「そんなことを評価されてもまったく嬉しくないんですけど」
俺がそんなツッコミをすれば、「たしかにね」と相手は何が楽しいのかクスクスと肩を揺らして笑っている。
そして彼女はいまだ状況を理解できていない俺に対して今日までの経緯を説明してくれた。
つまるところこうらしい。
俺の親父は最近流行りの婚活アプリで出会った人と意気投合しスピード結婚。
新しい母親には25歳の娘さんがいて、その人と俺はこの大阪の地で一緒に暮らすことになったらしい。
やべーなオイ、俺の人生最大のアクシデントがたった二行ぐらいでまとまっちゃったぞ。
硬直する俺とは対照的にニコニコと笑顔の相手は「これが証拠だよ」と言ってスマホを見せてきた。
するとそこには嬉しそうな表情を浮かべている俺の父親と、これまた嬉しそうな表情を浮かべている綺麗な女の人が映っている写真が表示されていた。
しかもご丁寧に婚姻届けまで映っているのだから、もはやこの話しは本当にフィクションではないのだろう。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。あなたが言ってることが本当だったとしても、一緒に住むとか急に言われてもマジで無理ですから」
「んー、そう言われてもなぁ。私もう大阪に来ちゃったし、残りの荷物も明日届く予定になってるんだよね」
「だよねって言われても……」
なんでこの人、昼飯のメニュー選ぶぐらいの軽いテンションでさっきからとんでもないこと言っちゃってるの?
しかしここで引き下がってしまうと本当にとんでもないことになってしまう。
なので俺は大きく深呼吸して心を落ち着かせると、ここは大人の常識に訴えかけるためにあえて冷静な声音で言った。
「だいたいおかしいですよ。義姉とはいえ今まで全く面識のなかった人と一緒に暮らせだなんて突然言われても嫌に決まってるじゃないですか」
「私は翔也くんと一緒に住むの嫌じゃないよ」
「おい、警戒心という大事な心はどこいった?」
思わず普通にツッコんでしまった。
あーたぶんあれだ、この人きっと一人でヒッチハイクしながらアメリカ横断とかできる人種だ。
自分とはタイプが違うその性格にますます憂鬱な気持ちになっていると相手が再び言葉を続ける。
「お義父さんから色々と話しを聞いて君のことにも興味があるし、それにお義父さんが心配してたんだよね。翔也はちゃんと暮らせているのかなーって。だから私には保護者役という重大な任務も任されてるの」
「いえ、それならご心配なく。息子はちゃんと生活できているのでこの場はお引き取り下さい」
「私への扱いひどいなっ」
そんなことを言いながらも、どことなく楽しそうに微笑んでいる彼女。
さすが見知らぬ高校生と暮らすことに抵抗がない性格ゆえか、ころころと変わるその表情豊かな一面からはコミュニーケーションスキルの高さが伺える。
「それに私、こう見えても料理や洗濯も得意なんだから。だからたまには家事もするから一緒に暮らして損はなし!」
「得意と言いつつ頻度がたまにっていうのが意味わかんない」
「じゃあ毎週日曜日の夜は任せて」
「なんでサザエさんと一緒の周期なの?」
ダメだ、さっきから完全に相手のペースに飲み込まれてしまっている。
初対面からまだ20分ぐらいしか経ってないけど、なんかもう普通な感じで喋っちゃってるんですけど。
ここは何としてでもこの会話から逃げ切らなければと頭を悩ませていたら、相手がパチンと両手を合わせてきた。
「それに私も大阪勤務になったからここに住ませてくれるとほんとに助かるの。だからね、お願い!」
ほんとにお願い! と再度訴えかけてきてお願いのポーズを取ってくる相手。
歳上の女性にここまで頭を下げられてはさすがの俺も良心が痛む。
しかしここはとりあえず親父に事実確認をしてからだと思った直後、ズボンのポケットに入れていたスマホがピロリンと鳴った。
急いで取り出してみると、その画面にはさっき見たばかりの写真と、親父から『報告遅くなった!』とメッセージが一言。
スマホを床に叩きつけたい衝動をぐっと堪えて目の前を見れば、間違いなく俺の義姉になった彼女はニコニコと笑っていた。
こうして俺の平凡で穏やかな高校生活は約1年ぐらいでピリオドを打たれてしまったのだった。
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