探偵は偶然や勘で事件を解決してはならない。
「いつから?」
「初めから」
「どうして?」
「生き辛そうでしたので」
短い問答だけで会話する。明るくお喋りしていたいつもの貫ではない。
初めてだった。自分の本質を暴かれたのは。警察という職業は、己の欲を満たすために選んだのだ。
「イズルは答えてくれました。美しいとは、命を燃やすことだと」いつか話した美学を語る。「しかし焼失には興味がなさそうでした。兼ねてより、炎に呑まれても見向きもしませんでしたし。イズルの美学は、爆散、ですね?」
そこでようやく関心が戻ってきたのか、アッシュの双眸に向かって貫は瞠目した。それは奇しくも毎月出会ってきた、美学を語る罪人と同じ反応だ。いままで対峙していたのは自分の分身のようであった。胸の奥の奥で眠らせていた欲望を具現化したような者たちは、いたずらに抑圧した心を揺さぶっていった。
アッシュに、警官であった、以前の自らの立場を重ねて少年の表情を探る。
社会で生きる人たちはすべからく、己と違う想いを持っている誰かがいれば淘汰し統一し、どうにかして止めようとする。それが犯罪者であれば尚更で、どうにかまともに更生させようと、――主に警察は必死になって制止する。または、嫌悪の対象となる。
だが。彼は違う。
希望と焦燥と、軽蔑がない交ぜになった人間の顔ではない。少年から感じられるのは、納得と同調と、穏やかなものだけだった。
「美しかったです。あのときの火炎の華は」
いつかの夏の日、どうにか時間を作ってアッシュに燃える花を見せてやれた。夜に咲くそれらを見上げる貫の表情は、恋に恋する乙女のごとく。まるで愛しい人に出会ったように陶酔していた。それでいて不穏に高揚していたのを覚えている。アッシュはいつ、貫がはち切れるのかと若干焦っていたが、その前に美しい爆発は止んでくれた。それじゃあ行こう、と少年に向き直った青年の顔は、普段通りに明るい仮面を被っていた。
「そうだろ? どうしても、見せなくちゃいけないと思って」
肩を竦めて得意げに嘯く。ただ単に娯楽的な誘いからではない。この少年は知っておくべきだった。ふたりが行き着く、顛末を。
「ええ、その瞬間分かってしまったのです。オレの腹に仕込まれているのは、爆発物ですね?」
言ってアッシュは脇腹を見せるためにシャツを捲る。寒くないのか、と貫は言いかけて止めた。慣れ合いに慣れてしまった自分を呪う。ただ白い息を棚引かせるだけに留めておいた。
どうせ結末は決まっている。アッシュはここで自らの道を絶ったのだ。
まさか本人から言い出すとは思わなかった。彼は聡いと最初から知っていたのに、ここまで先を考えていたのかと察すれば、仕組んだ貫さえ背筋を凍らせる。
「ふ、く……くくくっ!」
半ば
貫の人生の中では、圧倒的に前者が多かった。いや、後者もそのとき従っていただけで、裏を返せばどこかでこちらを慰留する機会を虎視眈々と狙っていただけに過ぎないのだろう。
ここまで純粋に身を委ねているアッシュは、貴重な存在だった。
「お前は、賢いな」
「イズルの美学に、従った結果です」
粛として告げる返答は、温度感変わらず風に乗ってしめやかに貫の耳に届いた。美学、と彼は常々言う。
「貴方は決して、悪を滅ぼそうとはしなかった。分かりやすく襤褸を出しても突っ込むことはありませんでした。イズルはすべて分かっていたのに」
罪の意識からか自慢からか、己の行いを分かってほしいがためにヒントを出す者もいる。それも華麗に黙認して、貫は気付かないふりをしていた。そこで躓いてもらっては、娯楽がひとつ減るからだ。
「警察としての職務を全うするのなら、本来は止めるべきでした。ここまで立派に『警察官のイズル』を演じていた貴方からは考えられないミスです。オレが美学を説くより何より、最初に」
警察という職業を選んだのは、銃火器が手元に来るからだ。爆ぜる音、爆ぜる光、爆ぜる血潮。そのすべてが貫の劣情を揺さ振った。
そして、自分が実現できないもどかしさを叶えてもらうためでもあった。誰かが咲かせた悪の華を鑑賞しても、それでもまだいくらか満足はできた。見ているだけでも、ゾクゾクするほど興奮した。
ただ、ほとんどは美しくないものばかり。嘆いては散らせ、また同じように種を植える。一番近くで開花を見届ける存在になってみたところ、やはり自分に向いた立場でないことを思い起こされる。弾けて消える花火くらい一瞬の、美悪の大輪。咲かせるより咲くほうが、性に合っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます