玉の杯、底なきが如し
まるでそのようだと、ふたりは思う。壺に毒虫を入れ、互いに殺し合いをさせる。生き残った虫から抽出した毒は、最強の凶器となる。今回完成したのは、呪われた宝石であった。倒れた男の懐から、大粒のタンザナイトが滑り落ちている。
キョウジはいままで息を殺して隅に縮こまっていたので、どうにか生き延びることができた。初めから彼女の口車に乗る度胸もなく、死ぬことも避けていた結果である。ただしこの状況では、欲も得もない彼が勝者となった。
「さて、と。……どっかで見てんだろ!? もう充分だろうが! 流 瑞玉!!」
貫の牽制が無味乾燥な空間に木霊した。やっと死を感じなくともいい安堵から、人並みの感覚が戻ってくる。あのときと同じ、血と汗の臭いが充満していた。
『
冷笑混じりに響き渡った声は、確かにこの屋敷の女主人のものだった。続けて高い天井のライトが一斉に点る。一瞬目が眩んだあとに映し出されたのは、十数人の死体と様々な武器たちだった。
右手側にガラス張りの防音室が見え、特注したオペラグラス型の暗視スコープを外しながら、瑞玉がマイク越しに語りかけている。
『もっと早く買収しておけばよかったワ』
「近くで見に来たらどうだ? 愛する宝石ちゃんがお待ちかねだぞ?」
つい、と宝石を拾い上げて、刑事が挑発する。駆け寄ってくるなら来てほしい。胸元には手錠を用意してある。
だがそれに乗るほど浅はかではない。瑞玉も裏社会の一員である。
『もう少しお話しましょうヨ。いまはあなたたちしかいないんでショ? シィエたちを放り込んだら、勝ち目がないのはそちらだワ』
彼女の後ろに控える男たちはどれも逞しく、傍で伸びているヤツよりも腕が立つように見えた。辮髪軍団、四、五人を相手するのはさすがに骨が折れる。貫は唇を突き出して黙りこくってしまった。
「シィエ……
ぶつぶつと独り言ちるキョウジのセリフを奪ったのは、やはり瑞玉である。
『そう、シィエは蠍。可愛いペットなのヨ。彼らの毒は強烈ヨ!?』
「中国語で蠍を意味する言葉、ですね。蟲毒宝石を守るのに相応しい」
ひとり静かに合点して、最終的にアッシュに落ち着く。貫としては用心棒と相対することは避けたかったし、話が続くならと放っておいた。今度は警察内で培った観察眼で周囲を視線だけで見渡している。凶悪犯もさることながら、痩せて貧困状態のような者もいる。
貫たちは瑞玉の目を盗んで屋敷を探索しようと計画を立てていたが、途中であっさり気付かれ、ここに流し込まれた。コンクリート打ちっぱなしの壁にはひとつだけ、ダクト穴が開いている。絶妙に入り組んだ別荘には複数、ゴミを捨てるための通気口があった。どこから投げ込んでもこの場所へ繋がっているというわけだ。
ある程度精察したら、瑞玉に目を戻す。よくよく見ればあの辮髪は蠍の尾にも感じられた。
「人工物でも、嬉しいものですか?」
『関係ないワ。美しい宝石でこの身を飾れればそれで。自然物か人工物かは意味をなさないの。それに、石自体は天然ヨ? 呪いを込められたものは貴重なのだから』
恥じる様子もなく瑞玉は語る。チリチリと貴金属が擦れる音が、スピーカーを通して聞こえてきた。そのすべてが彼女の美しさと言うならば、余すことなく血が、呪いが積み重なっている物のはずだ。
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