玉石同砕

 やっと合点が行ったようだ。へなへなと脱力し、キョウジは思考を手放しかけた。だがすぐに警戒し後退りを始める。


「何の小道具ですか!? 安心させて、ぼくをコ、コロしに……!」

「キョウジ、そのつもりなら初めから身分を明かしたりしませんよ。この暗さでは正面からでも殴れますから」

「ヒエッ! だ、誰……!?」


 暗黒に紛れて細身の少年が現れる。肌がコーヒー色をしていたので言葉を発するまで気が付かなかった。外国人の血を引いているのだと判別するのに、これにも時間が掛かった。


「あー、えっと。こいつはアッシュと言いまして、ボクの助手、と言いますか……」


 警察手帳には成神 貫と名前のあった青年がしどろもどろに説明する。本当に警察なのかは甚だおかしい。キョウジはいまだ疑心暗鬼で、言葉の端に狂気が隠れていないか怯えながら確かめている。現時点で分かるのは、そこまで憔悴しきっていないところを見ると、先程放り込まれたということだ。困ったように笑いながら、こちらに向き合っているからである。


 このような状況下で笑みを浮かべられる奴は、そうそういない。確固たる意思の持ち主か、あるいは危機的状況を楽しんでいるか。キョウジはそのどちらも、この冥闇めいあんの中で幾重にも見てきた。


「と、とにかく、ここから出ないといけません。それには条件がありまして……鋒さんは、最初に聞いたかもしれませんが――」

「イズル、悠長にお喋りしている暇はないようです」


 ふい、と後ろを振り返ったアッシュは、不穏な何かを感じ取って忠告した。貫の呑気なお喋りもキョウジの有り余る不安も無視して、遠くでぐらりと立ち上がる大男の陰がある。手には、薄い光の中でも閃く中国刀が握られていた。それがもたげられたかと思えば、超特急で猛進してくる。


「来ます。イズル、剣術は?」

「残念ながら専攻は柔道だ! だけど俺には、これがあるからな」


 早口で会話を終わらせ、貫は腰に帯びた警棒を指し示す。素早く引き抜いて腕を振れば、元の三倍の長さになった。アッシュの見立てによると、武器は肩から掌までほどの距離を持っている。


 中国武術の知識はない。貫にあるのは単純に、誰かを捻じ伏せる力である。


「どお、りゃあ!!」

「がああ!!」


 火花を散らして打ち合う。威勢だけは負けまいと、双方咆哮を上げる。幸い警棒を切れるほど剣の刃は鋭くない。経年劣化か過剰使用か。そのどちらでも貫にとっては幸運だった。


 間近で見る瞳は血走り、髭や髪は返り血でごわごわになっている。身長も貫より二十センチほど高く、それでいて筋骨型。まさに山賊か野獣かと称するのに充分すぎる相手だった。


 筋肉はもちろん動物のような男のほうが上だが、極限状態で我を失った者には技術が一番有効打だ。さすがに大剣は素人なのか、大きく振り回すだけだったので拍子抜けする。これなら想像より倒すのが楽だ。


 男が再び刃を振りかぶったとき、貫は柄を握る手首目掛けて警棒を薙ぎ払った。下側から殴打した衝撃で、手から刃物が零れ落ちる。鋭い音が地面に響いた。


「ぐうう!!」

「悪いな! こちとら一応、警察なんでね!」


 中国刀の男は予想だにしない攻撃のせいで、いまだ手元が痺れている様子である。威勢良く叫んで貫は、次いで顎に金属の棒を命中させた。目を白黒させて、脳震盪を起こして後ろに倒れる。


「ヒッ、ヒトゴロ――!」

「ただの脳震盪ですよ、キョウジ。イズル、彼が最後のようです」

「あー、夜目が効くってのも、意外と助かるもんだな」


 命のやり取りをした緊張からか貫は荒い息を吐きながら応えた。アッシュは薄暗い周りを見渡して、耳を欹てて、生き物の在りかを探ったのだ。他に生きている者は見当たらない。

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