欠陥のあるダイヤモンドは、欠陥がない小石よりも優れている。

 その夜、同じくして瑞玉が煌びやかな物質を愛でていた。粗末な男ふたりはとても可哀想に思えてならなかった。生身の人間などに価値はない。その身を彩る貴金属にこそ称号は宿る。宝玉女帝の名をほしいままにして彼女は、玉座で足を組み替える。


 その拍子にアンクレットが複数揺れた。閃光が目を眩ますほどに、瑞玉は酔いしれていく。


小鮮肉シャオシェンロウ……まあまあ及第点ネ。壺に放り込めば糧にはなるでショ。ファンより骨がありそうヨ」


 金の腕輪に口付けをしながら、瑞玉は独り言ちた。つい中国訛りで名前を呼ぶ癖がある。長年住み付いた土地だ。当たり前といえば当たり前なのだが。


「具合はどうかしらネ。もうすぐ、新しい石が手に入りそうだワ」アレキサンドライトで出来た大ぶりのピアスを弄んで女傑は高笑いをする。「今度はどこに身に付けようかしら。楽しみネ!」


 屋敷中に木霊する笑声は、しばらく鳴り止むことはなかった。




「身元がやっと割れた!?」


 朝食も早々に済ませ、現場に乗り込んだ貫を待ち受けていたのは衝撃的な内容だった。今日も今日とて朝から聞き込みだと思っていた矢先の出来事だ。本来ならばこのような重大な事件、会議でも開いて経過報告をするのだが、今回は相当時間が惜しいと見えた。四課と合同なので通常より多い捜査員の数が物語っている。この事件ヤマは力ずくでも押さえたいようだ。


 その中でようやく来た朗報。身元不明だったにも関わらずよくやってくれた、とこの若い刑事は思う。膝を突き合わせてふたりは資料を凝視した。


「多額の借金があり、しばらく身を隠していたのですね。前科なし、前歴者リストにも該当なしだったので、解析が遅れたのでしょう」

「借金で雲隠れするなよ……。じゃあ、闇金関連?」

「イズル、彼の最期の恰好を覚えていないのですか?」


 アッシュに言われて灰色の脳細胞を動かしてみたところ、男は上等な下ろし立てのスーツを着ていた。ゴミ袋塗れだったが、汚れはさほどついていなかった。


「胃の内容物はすでに分かっています。フランス料理のフルコースのようですよ」

「うわ、良いもん食ってんなー」


 字面だけで贅沢な食事をしたと分かる内容だ。胃に溶けたものでも羨ましかった。


「あ? 借金どうなったんだよ?」


 そこでふと、最初の情報が気に掛かる。姿をくらますほど金に困っていたはずなのに、発見時には贅沢の限りを尽くしていた。資金があるならまずは借りたものを返すべきである。それを無視してまで遊びたい夜だっただろうか。


「資金の出所は不明です。数か月前に別れた女性がいるようですが、金を貸したことも匿ったこともないと」


 それどころかだいぶご立腹らしい。せっかくの婚約指輪すらも質に入れてしまったようで二度と顔を見たくないと報告書にはある。女性の怒りは一生続くと聞くので、この男も気の毒だ。もっとも彼の命はすでにないが。


 また、やっとのことで知人を捕まえて聞き出しても、同じようにここ数か月間、被害者の情報を持っている者がいなかった。


「それじゃまだまだ謎の人物じゃねーか。最期の晩餐じゃあるまいし」


 銃殺など誰が予想できよう。加えてスナイパーが狙っているなどとは露程にも思わない。犯人と知り合いであった可能性も否めないが、それでは遠射の意味がなくなってくる。栄養失調気味ではあったが持病もない。借金から逃れるための自殺幇助にしては辻褄の合わない計画だった。


「最期の晩餐、イズルなら何を食べますか?」

「えっ? あー、そうだな。急に訊かれても、なぁ」

「では大金が入ったその瞬間――例えば給料日ならどうします?」


「そりゃ焼肉とか行きたいね! ……あん?」何かに気付いたように、貫は口元を覆う。「ってことはつまり、これは最期じゃなくて、最初の食事?」


 アッシュは静かに頷いた。どうしてか少年は、こちらの一歩先を行く。まるで彼の掌の上で物事が動いているように感じられ、貫は居心地悪く思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る