None can guess the jewel by the casket.

 貫たちは礼を告げて不動産会社を後にした。車に乗り込むとアッシュが開口一番、場違いなことを喋り出す。


「最後に、本を買ってもいいですか?」

「あ? ……あ、参考書か。まあ構わんぞ。最後? 今年の?」

「分かりません」

「なんじゃそりゃ」


 エンジンをかけながら貫は微苦笑した。来年の事を言えば鬼が笑う。とはよく言ったものだが、この空間はふたりしかいない。笑う鬼がいるのなら、すでにいま笑った警察官が逮捕しているだろう。何が言いたいかといえば、聞き耳を立てる者はどこにもないとのことだ。何か欲しい物があるのなら遠慮なく言うべきだった。


「イズルが望むなら、そうしましょう」


 常に彼は保護者の意志を汲もうとする。貫は少し黙って、やはり最初の結論へと落ち着く。


「……いや、次いつ行けるか分からん」

「では、最後に目一杯品定めしておきます」

「…………そうだな」


 少し早いがクリスマスプレゼントだ。今回は金に糸目を付けぬ。生活費の計算をぐっと堪えて、貫は古書店へと車を走らせた。


 雲は厚く空の色は窺えないが、もうすぐ夕方である。夜の帳は間もなく降りてくるだろう。街灯もいち早く点き始めていた。瞬く地上の星は人の目を照らし、また眩ませる。


 しばらくして本屋に到着すれば、アッシュがいつもの通りに車外へと出て行く。隣に座るのが意中の女性ならどんなに楽だったか。公務員などになっていなければいま頃好いた相手とデートでもしている時期だろう。刑事業務を行っていない自分に想いを馳せて、心が挫ける。どの職種も性に合わない気がして妄想するのを止めたのだ。


 先日も思い至ったところだ。この職業を薦めたのは他人だが、それでも選んだのは己である。やはり自分はこの場所が似合っている。たいして意味のない迷夢で時間を潰していたら、アッシュが程なくして戻ってくる。厚めの本が二冊抱えられていた。


「高そうだな」


 プレゼントのつもりだったのだが、結局小言を漏らしてしまった。だがこちらがいくら渋い顔をしても当の少年に攻撃が効くこともない。一冊は小脇に大事そうに避けて、得々としてもう一冊の参考書のページをめくる。


「で、今日は何だ? ……科学?」


 表紙には岩の写真が掲げられている。表題にはでかでかと科学の文字が書かれており、学生時代に使った教科書のそれと似ていた。


「宝石は、溶岩からできるそうですよ。煌めいているからなのか、稀少だからなのか。こぞって人は入手したくなるものなのですね。価値が高くても、どうせ本質は岩と同じですが」

「夢も味気もないこと言うなよ。それを誰かに贈りたくて頑張ってるやつもいるからさ」


 特に今月は需要が高まると思われる。残念ながら現在まで縁がなかったのでどう購入すればいいのか分からない。もちろんジュエリーショップの場所くらいは分かる。ただ指のサイズが何号とか相場がいくらだとかは情報を得ることができていない。少年のほうをちらと見れば、茶褐色の指はいつまでも細そうだった。


「オレの中では、火打石くらいの価値しかありませんね。無論、鉱石を軽んじているわけではないですよ。科学的な興味を惹かれます」


 彼の頭では宝石もただの石ころと見える。瑞玉の装飾品にでも見惚れたのか、生成方法を興味深げに読んでいた。装身具でも金品でもなく具現化された化学式として扱っている。


「紅玉と蒼玉は同じ原石から作り出されるようです。酸化アルミニウムというらしいですよ。ダイヤモンドも炭素ですし、どこそこに溢れているものばかりですね」


 細い指でページを繰っていく。本当に読んでいるのか怪しいスピードだった。宵闇の中良くやる、と今年何度目かの感心をして貫は話半分に内容を聞いている。世の中に有り触れている物質でも姿形が変われば入手の難易度が変わる。不純物の有無で値打ちが簡単に変化する。ジュエリーなんかはその最たるものだった。


 何はともあれ自分には関係ない。どうせしばらくは手錠か拳銃か、車のハンドルくらいしか握らないのだ。貫は手元に視線を落として何の装飾もない左薬指をさすった。

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