玉を衒いて石を売る

 一枚の紙には、『とがり キョウジ』との名前が刻まれていた。幸いなことに不動産会社の名称も同席しているのですぐに彼の身分は割れそうだ。思った通り該当の株式会社へ乗り込んでみれば、柔和そうな糸目の男の写真を拝見することができた。


「二日ほど前からですかね、無断欠勤してまして」

「行先に心当たりは?」

「知りませんよ! ……あ、でも太客だ何だって、最近は意気揚々だったみたいですが。けど、中国系は信用なりませんね」


 会社の同僚に聞き込みをしてみたが皆口々にそう言うばかり。いまは不動産特有の客の個別相談ブースで、エネルギッシュながらピシッとした雰囲気の責任者と話をしていたが、特に進展はなかった。キョウジは人懐こそうな見た目に反して人間関係に疎かったらしい。中国系、との言葉が引っかかったので貫はさらに深く追求してみる。


「中国系? 鋒 キョウジさんは中国の人、ってことですか?」

「いや、ご両親が中国人で。もう帰化してて、鋒自体は日本国籍だって言ってたと思います。面接は自分がしたのですが、確かそうだったと。まあでも、純日本人としては、怪しい目で見ちゃいますよね」

「ああ、そう、ですか」


 キョウジの上席とふたりの警察官の閉鎖的空間ではコンプライアンスに配慮する風でもない。妙に接点を外されて貫は落胆する。どこかでこの捜査も、本来の道筋から外れているのではないかと思い始めていた。キョウジの居場所が分かったところで全容が解き明かされる確証はない。同郷なら瑞玉と口裏を合わせている可能性もと思ったが、この男は失踪する気配もなく真面目に仕事に打ち込んでいたと見えた。


「流 瑞玉さんとはどうやって知り合ったかご存知ですか?」

「あー、親御さんから何か聞いたって言ってたような……。この人、中国では有名な資産家なんでしょう? たぶん来日とかで、そっちの国は盛り上がってたんじゃないですか? ネットニュースにもなってますよ」


 それを聞いてアッシュが手元のスマートフォンで検索をかける。その精密機械は自分のなのだが、と貫が小言を挟む暇もなく、少年は瑞玉の名前を見つけた。


「確かに。基本は中国のものですが、日本語でも若干、彼女の記事があります」

「ぬあー、そうか」


 それならば一般人が情報を拾うことは可能だ。容易ではないだろうが、彼女のお眼鏡にかかれば接触を持てなくもない。しばらく考え込んでいた大人を余所に口を開いたのは、褐色の少年だった。


「恐れ入りますが」アッシュが横槍を入れて話題を変える。「この土地についてどう思われますか?」

「む……?」


 褐色の指で今度は土地の見取り図を渡した。会社責任者はプロの目線になってキョウジが薦めたという場所を見定める。首を傾げながらこめかみを抑えている。


「こんな辺鄙へんぴな土地、本当に鋒が売ったんですか? いえ、そりゃあ会社のデータベースにはあると思いますけど……前の所有者が売地に出すなんて情報はなかったかと。強引に買い付けた、のでしょうか? うーん、でも……」


 恐らく普段のキョウジからは考えられないような、杜撰な契約だったのだろう。口では嫌味を吐いているものの、きちんと信頼はされていたようである。少なくとも上席をここまで唸らせる人物だ。


「営業は個人に任せている部分もあるので詳細は分かりかねますが、確証のない土地……まだ売りに出していない場所を買わせるような男ではなかったと思います。どうしてもとお客様から強い希望がなければ、滅多にこういうことは起きません」

「つまりは客の要望次第?」

「そうなりますね。ここは、お金をいくらでも出してくれる方なら、どれだけ無理を言われても死ぬ気で契約を取ってくる輩の集まりですよ。実際契約金はたんまり頂いていて。単なる戯言か冷やかしかとも思いましたが、本当に振り込まれているとは驚きました。やってほしくはないですけど、金を持って逃げるなら理解もできるんですがね、それには一切手を付けられていないし……」


 民間企業で所持している情報など結局はそのようなものだ。掻き集めた話は警察が管理し、組み立て、推理するしかない。

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