仙姿玉質

你好ニーハオ男孩们ナァンハイメェン


 艶やかに言葉も身体もくねらせて、瑞玉は貫たちを迎え入れる。失礼であるが捜査の途中で年齢を拝見してしまっている。しかし豊かな黒髪に白い肌、それに映える真っ赤な口紅からは、とても四十三歳には見えない。リップと同じく真紅のチャイナドレスに身を包み、流 瑞玉は女性の色香を最大限醸し出していた。


 入口の門を叩いたときには緊張したものだ。何せ質実剛健な男が門番だったのである。額部分が剃られた辮髪べんぱつ。切れ長で吊り上がった三白眼。そのような大男に睨まれれば、刑事であっても戦慄を覚えるほどだった。しかし事情を話せば分かってくれたらしく、男は言葉少なく貫たちを瑞玉の場所まで迎え入れてくれた。いまでも彼は後ろに控えている。


「あっ、えっと! 日本語! ハナセマスカ!?」


 極度の美人の前に焦ったのか、女性に慣れない貫の言葉は全部日本語だった。それでも彼女には伝わっているらしく、クスクスと笑う姿すらも男を魅了するパワーを持っている。体躯を振るわせれば身体中を飾る宝石たちがキラキラと反射した。


不好意思ブーハオイース! 失礼したワ、つい癖で。それで……」


 長い睫毛を持つ切れ長の目を細めれば、女富豪は要件を促す。豪華な応接間には高級な茶器が並び、ふくよかな中国茶の香りが立ち上っていた。作法などロクに知らない貫に出すには少々もったいないようにも感じる。


「本日はどのようなご用件でショ?」


 瑞玉はといえば、高そうな汁を惜しげもなく口に運んでいた。嚥下する容姿さえも美しい。


「その、実は……貴女の土地で、ご遺体が見つかりまして」


「まあ! わざわざ報告を?」小さな口の大きさを少しも変えず驚いてみせる。「日本リーベンの警察はそんなことまで教えてくださるのネ!」


「いや、まあ……警察が、と言うよりボク個人で。それに関してお話を伺いたいことがありまして」

「そうでしたの。よろしくてヨ。何が訊きたいのかしら?」


 長髪を掻き上げれば指輪たちが激しく主張した。首を動かせばネックレスが、手首にもブレスレットが巻いてあり、彼女が身を捩る度に妖艶に煌めいている。


 長者番付の順位はどのくらいだろう。漠然と意味のないことを考えながら、警察はその宝石たちを視線で追う。赤、青、緑、黄、紫。さらに金、銀。その他もろもろの色が混じり合い、瑞玉を飾っていた。


「ウフ、この宝石たちが気になるかしら!?」


 自慢であると分かっている含み笑いさえ嫌味を感じない。自分の権力をひけらかす種となる物を見る目の向きには過敏で、嬉しそうにはしゃぎ出した。その動作にも呼応したようにひしめく石がジャラジャラと鳴る。


「これは分かるでショ? ルビー、サファイア、エメラルド。こっちはピンクダイヤにトルマリン。耳にはアレキサンドライト。他にも金銀、プラチナがたくさんあって――」


「あの」それを遮ったのはアッシュであった。「それほど資産があって、どうしてこの土地を選んだのでしょう?」


「……あら、土地の話?」


 半ば強制的に方向転換をさせられたので、瑞玉は不満そうだった。眉根を寄せて可愛らしく不機嫌になる。声も低く作ってできるだけ話を避けようとしたのだが、やがて諦めて軽い溜息を吐いた。自身のネイルを見ながら興味なさそうに答えてくれる。


「知り合いの不動産会社にオススメされたのヨ! 買ってみれば何もない、陰気臭い土地! 別に痛手でもないからしばらく放っておいたけど、そろそろ手放したく思っていたの」


 こちらも被害者ヨ、と付け加えて、瑞玉はぷりぷり怒っている。その態度を見れば彼女はこの件にさほど関わっていないようにも見えるが、女という生き物は芸達者なので信用に足るほどの情報ではなかった。


「お知り合いの不動産の方とは……?」


 今度は貫が訊く番だ。アッシュの質問でようやく調子が戻ってきた。


「それが、最近連絡がつかないのヨ! 日本の別荘も買って上機嫌なのに、これじゃ散々だワ!」

「失踪? その方の連絡先をお聞きしてもよろしいですか?」

「よろしくてヨ。シィエ、名刺を持ってきてちょうだい」


 呼ばれた屈強な男が颯爽とお辞儀を返して退出していく。執事兼ボディーガードといったところなのだろう。彼女の証言も手放しで信用できるものではないけれど、一旦は怪しい不動産屋も併せて探るべきだ。ややあって戻ってきた辮髪の男が、小さな名刺を手に持っている。否、名刺のサイズは一般的であった。男の体躯が大きすぎるせいでそう思っただけだ。


 できれば敵に回したくないタイプだ、と貫はたじろぎながら名刺を受け取った。


「それが名刺ヨ。好きにしてちょうだいナ。あ、捕まえたら教えてくださる? 中国式のお仕置きをしなくちゃ気が済まないワ!」

「えーっと、それは、ちょっと……どうでしょうね。はは」


 もし名刺の人が真犯人だとしたら警察で逮捕すべきだ。そうでないにしても民間人の居所を民間人に教えることはできない。それはいくら積まれても仕事内容に反するものだ。貫は返答に困ったので曖昧に濁しておくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る