白玉微瑕

 急いで手元の資料を繰って立地を確認する。片側二車線、合計四車線の道路を挟んだ現場の向かいには、まばらなテナントが立ち並ぶ八階建ての雑居ビルがあった。言われてみればそこからなら誰にも邪魔はされないし、目撃もされにくい。その一方で、遠距離から狙うには相当な技術と機材が伴う。


 およそ一般人では手に入れられない――もとより銃器はほとんどの人の手に入る代物ではないが――ものが使用されている。この先の緊張を感じ取り貫は無意識に喉をごくりと鳴らした。


「そこからならこの路地、ないしは被害者を一望できるでしょう。何か残っているかもしれません。何もなくとも行く価値はあります。もうすぐ夜が明けますし、手がかりが見つかったら、イズルの功績ですよ」


 貫の手柄だとは宣ったが、実際に言葉を拾ったのは彼だ。少年の憶測は、どうにも当たる。普段は誰も寄り付かないようなビルの屋上に、真新しい足跡が見つかったのである。冬のイルミネーションもチカチカと競い合うように夜を照らしていたが、やはり太陽の光には敵わない。明るみに出ることで見えてくるものもある。


 果たしてこれが偉烈いれつとなり得るかは、もう少し時間が要ることだった。これ以上は鑑識の管轄、足で稼ぐ仕事ではないと合点して、貫は車中で仮眠を取ることにした。次に目を開けたときは、すでに日輪は天高く輝いている。それとは裏腹に外気は寒く、窓の表では白い息を吐く人々が行き交っていた。


「イズル、新しい資料が回ってきています」

「……おう、助かる」


 寝息が止んだのをいち早く察知してアッシュが手早く仕事を寄越した。さすがは地下牢で耳だけをそばだてていたことはある。生命を司る呼吸に関しては敏感であった。


 貫は眠気眼で細かい文字を読み込んでいく。まずは一枚目、被害者の男について。

 特に代わり映えする情報はない。どうしたって、個人を特定するものが一切ないのだ。それに被害者の物品を回収したとされる犯人に関しても目撃証言や証拠がない。勇敢な同僚が裏社会の門を叩いたようだが、怒鳴られるか知らないの一点張り。情報を持っていても警察風情に教える気概はないだろうが。早々に読み解くのを諦めて、次のページを繰った。


 二枚目は屋上の鑑定結果についてだった。

 わずかに残った証拠については、どうやら立派な仕事をしてくれたらしい。が、肝心の犯人特定までは至ってないようだった。


「一直線の足跡、大量生産の靴。これじゃ、どこの誰が来てたのか分からんね」

「相当な手練れ、ということしか明確ではありませんね。足取りに迷いがありません。目的までの位置を把握していなければいけない状況で、いい加減な場所での狙撃は非推奨です。ならば初めから獲物がここに来ることを予測していた……」

「大人しく路地裏にじっとしてたって? 人気のラーメン屋でもあるまいし、順番でも待ってるわけでもないだろ」


 男が死んでいたのは何の変哲もない小路こみちだ。店や価値あるものがあるわけでもない。強いて言えばビルの勝手口が囲っているくらいだった。殺害方法が遠方からの射撃なら、そもそも男がこの場にいること自体がおかしくなってくる。


 犯人が呼び出して、相手を待っている最中で撃たれたのか。その程度しか考えられる範囲がない。


「でも屋上の靴型は現場のものと一致したのか。やっぱり同一犯ってことなのか?」


 そうなるとリスクを冒してまで弾丸を探しに来たことになる。ご丁寧に人気のないところに呼び出しておいて、だ。それに路地裏単体では確かに人の目は少ないが、駅近で車道も含む大通りに面しているし、決して人っ子ひとりいないわけではなかった。


 今朝方よりかは若干冴えた頭で、事件の経緯をもう一度確認する。


「同一犯だったら……最初に屋上で狙撃。ガイシャが絶命してから弾丸を回収。わざわざ道路を渡って。人目につかないように殺したヤツの行動とは思えないが……」


 だが屋上に狙撃の痕跡がある以上、それは動かせない事実になった。新しい情報は喉から手が出るほど欲しいとはいえ、厄介なものだ。同じ靴跡が違う場所にある。貫は屋上の資料を見るのを一旦やめて、三枚目の路地裏の見取り図へと目を遣った。最初にもらったものとは少し違い小綺麗に整頓されているが、それでもほとんど変化はなかった。


「うーん、こうもたくさん下足ゲソコンが残っているのが逆に命取りになるなんて。横断歩道がここだから、大通り側から行くにはこの道を通って…………あれ?」

「どうしたんですか?」


 しばらく貫の思考が止まったのを受け取って、アッシュは質問を投げる。時間にして、ひとつ目をしばたたかせるほど。まるで自分の間違いを確認しているような素振りだった。しかし間違っているのはやはり書面のほう。いや、この場合は、謎が残る正解というべきだろうか。


「どうしたもこうしたもない! ないんだよ、下足痕が!!」

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