玉磨かざれば光なし
ふたりの脳裏にはその単語が浮かぶ。音が出ない銃を使用したとはいえ、犯行を行ったなら早く逃げるべきだ。このようにぐるぐると愚鈍に歩き回る必要性が感じられなかった。
「殺しと盗みは別の人間がやった、とか?」
「そうですね……。いまはイズルの考えに乗っかっておきましょう」
判断材料が少ないために、この場では同意しておこうという魂胆だ。言い方は少し気になるが、たとえアッシュでなくともそのように結論付けただろう。となれば、次は別々の犯人像について再度聞き込みを開始しなければならない。
「ぬあー! 情報が少ない中で、これ以上選択肢を増やさないでくれ……」
頭を掻きむしる保護者を見かねて、少年は口添えをした。ようやく警察官たるやとなってきた矢先だ。若干要領が悪いことを除けば、技量は充分にある。でなければここまで刑事という職業と共に生きてはいない。
「イズル、まずは明確なところから進めていくべきですよ」
「明確なところ? そんなのないだろ?」
「ありますよ」少年の襟足に凛とした風が吹き抜ける。「彼は何者かに殺された。それは変わることのない、事実です」
その風がほのかに貫の鼻先に触れ、一気に日常を思い出させた。顔を上げてアッシュを見れば、いつまでも涼やかな表情で貫の言動を待っている。
「そ、そう、だな。まずは、そうだ。殺しは確実だから、最初にそれを考えよう」
弾丸は見つかっていないので線条痕は不明。銃創は心臓を綺麗に貫いており、その他の傷はなし。小型の銃でも銃弾の先が尖っていれば貫通可能で、これは警察が携帯しているものとはまた別のものだ。
いくら能天気な貫とて拳銃は扱ったことのある代物だし、撃ち方や種類の知識は十二分にある。警察が使用している弾は柔らかく、人体を突き抜けるほどの効果はない。
「銃の形状はそこまで重要じゃない。近距離であれば小型でも充分だ」
むしろ心臓を狙うなどといった芸当は接近でないと無理だと思われた。
「近距離で、争った形跡もなく、被害者はじっと待っていた、と?」
「んー、それを言われると難しいな……。いくら親しい仲や顔見知りでも銃を向けられて平静でいられる可能性のほうが低い。となると……自殺幇助、とか?」
たじろがなかった理由のひとつとして、当の本人も死を悟っていたことが挙げられる。だが身なりを整えてこれから外に出て行こうとする意志が見られるし、被害者からはその他にもこれから死地に向かうようには感じ取れなかった。その他の事情はアッシュの口から語られる。
「自殺幇助なら銃殺でなくとも、見つかる可能性がある外でなくとも結構ですよね」
「そう……そうなんだよなぁ」
分かっていたことながらそうはっきり言われてしまうとげんなりして、貫は再び頭を掻く。それでも思考を切り替えようと無理矢理言葉を続けた。
「いや、もうこうなったら理由は何だっていい。実際人は亡くなってるわけだし。見つけなきゃいけないのが、この仕事の
警官という職業を最終的に選んだのは貫自身だ。いくら親や友人から勧められたとはいえ、生き辛いこともあるとはいえ、この制服を着ている以上はその職務を果たすべきであった。
「ちなみにイズル、この状況なら貴方はどこで標的を狙いますか?」
「うぇ!?」
警察気分とは一転、急に犯罪者側に立たされたので気が動転してしまった。驚嘆が、静かなビル群にこだまする。いきなり大声を出したものだから貫の心臓が跳ねた。少年はと言えば、仰天の声を聴いてもいつまで経っても冷静だった。
「上ですか、それもいいでしょう」
「ち、違う違う! いや、違う、のか……?」
ふい、と空を見上げる少年に釣られて、貫も顔を上げる。若干ながら白んできた風景に見えたのは、やはりビルの長い牙ばかり。その翳る先端は、人が乗るのに充分な広さだったことを思い出した。
「まさか……、屋上から?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます