玉石混淆
貫も現場に戻り、張り込みやら関係者の洗い出しやら、周辺店舗や通行人の事情聴取まで虱潰しに行って、結局明朝までかかった。とどのつまり身体を休めることはあまりできなかったのである。数時間前の緩やかなコーヒーブレイクタイムを思い出し、貫は溜息を吐いた。口臭にほのかに嗜好品の香りが残っているのが、さらに口惜しく感じる。
ようやく一区切りついたので、警官はひとり、車を停めた駐車場の傍の縁石に腰を下ろしていた。駐車場は建物を挟んで事件現場のちょうど裏側にある。
あのようなことが起こっても、意外と静かだ。
「イズル、おはようございます」
「おー、おはよ」
アッシュはとりあえず車で寝かせていた。暗闇から薄闇に変わる時間帯にのっそり起きてきた少年は一睡もしていない貫に羨望の目を向けさせるには充分だ。
そろそろ一年経つと言うのに、この警部補の地位は特に変わりなかった。もともとこういう縦社会の序列が数年で変化することはないが、貫の場合は最も難しいだろう。
巡査から異例の、警視庁への異動。
アッシュという少年の監督義務責任。
難事件に遭遇する体質と、解決に至れる運。
そのすべてが内部からは煙たがられ、下っ端も下っ端の仕事を常にやらされている。今回は実になるか分からない聞き込みや現場検証を延々と手掛けていた。
「成果は出ましたか?」
「さぁて、どうだろうな。深夜だし、人のほとんど通らない路地裏なんかに、意外と何か落ちてるもんさ。たぶん」
皮肉気に口の端を上げる。正直言えば目ぼしい物や情報はなかった。
だがこれからだ。犯人は現場に戻ってくるとの言葉もあるし、いま以上に明るくなれば見えてくるものがあるだろう。
いつの間にか街のネオンも落ち着いている。人目がなければ大人しいものだ。
「現場から離れている分、発見できることもあります。あの被害者は、どうやって殺害されたと思いますか?」
アッシュは毛布を貫に掛けて、隣に腰を下ろした。縁石ブロックにふたり仲良く座れば、どこか胸の奥で安心感を産む。
「あ? あ、ああ……」黒い少年が珍しく気を遣ったので、貫は少し挙動不審になってしまった。「そうだな。銃撃、だったか」
それでもすぐにアッシュの問いに答えようとする。誰も聞いていない、東京の砂に塗れた空間に響いた言葉はたちまち地面に吸い込まれた。上に伸びたビルの基盤までにも音は届かない。空を仰げば雲が見えるが、落ちこぼれを捕食しようと大口を開けているようにも感じた。
「目撃者もいなければ、証拠も少ない。体内に弾は残っていなかったのでしょう?」
薄闇で白い息を吐く浅黒い少年は、睡眠に入る前に得た情報を改めて訊いた。あれから約四時間。寝ている間に上がってきた新情報を、貫は忍ばせていた懐から強引に取り出そうとした。ぞんざいに畳まれて押し込められているので、なかなか出てこない。
「あぁ、そうそう。その弾丸も丁寧に持ち帰ってるのか、どこにも見当たらないし」
「つまり、撃った犯人はその場にいたということでしょうか」
「そういうことに、なるのかな。よっ、と」
検視の結果、人体に与えた影響はたったの一撃だった。外した可能性も考えて、合計何発撃ったのかはまだ現場全体を確認中とのことだ。実のところ、新たな証跡が見つかるのは望み薄だろう。聞き込みの息抜きに貫が何度か現場を見回っても壁や地面が穿っている様子はなかったからだ。
となればやはり手に入れている物から状況を把握しなければならない。被害者を貫いた弾丸は律儀に持ち去られているのか見つかってはいなかった。銃弾を回収するついでに金品、もしくは身分が分かる物も強奪。もしかして結局のところは強盗目的なのか、と頭を捻る。人の命を落としてまで欲しいものだったのだろうか。
「ん、これだ。そんなに見つからないものかね? 欲しいものって」
「助かります。資料ができたのですね」
鑑識から取るものもとりあえず行き渡った資料には簡素な図に記された現場と建物の位置、それと関係のありそうな足跡が
殺害まではスマートなのに、回収に至っては妙に素人臭い。
顎に細い指を遣ってアッシュは、起き抜けの頭脳を活性化させるように呟きながら考えを纏めていた。
「おおよその把握はつくとは言え、銃弾でしたらどこに飛ぶか分かりませんしね。しかしこれはあまりにも……」
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