十二月(アダル)

艱難汝を玉にす

 再び街が冬に到達すると、景色は一気に煌びやかになった。秋が終われば次はクリスマスシーズンだ。秋の味覚やら紅葉やら言っていたメディアも掌返しでイルミネーションとケーキの特集を繰り広げている。


「イズル、コーヒーです」

「おー、サンキュ」


 あれから体調すらも崩さず仕事に明け暮れる日々を過ごしていた。だいぶイレギュラーな休暇で、ない頭を回したせいか疲労感は残ったが、身体を休めるという点では満足であった。どこへいても自身の性からは逃れられないと思い始めたので、やっとのことで受け入れている。


 その事件の全容が本日、一段落ついたところで、いまは寮の部屋で少し暖まっていた。逮捕した者が警察関係者とあって先月の女性について連絡を取り合っていたのだ。彼女・周防すおう まいについて貫が関わったのは一瞬だったけれど、最期を見届けたにあたって話を交わさねばならなかった。


「……アッシュ、肌が黒いのに黒いタートルネック着るなよ。溶けるぞ」

「人種差別的発言ですよ、いまのは。コンプライアンスが囃し立てられているのですから、少しは口を慎んでいただかないと」


 コーヒーを啜る貫の小言を流して、アッシュは切り返した。いつもながら冷静にウィークポイントを突いてくる。部屋着はティーシャツから薄手のニットへと変容していた。未成熟な少年が着るとますます細身が目立つ。


「別にここには俺らしかいないし、いいじゃねーか。……ん? 電話?」


 夜分遅くに掛かってきた電話は職場からだった。警視庁にはもう勤務中の警官はいないが、刑事当直が控えている。そこから連絡とは、基本は重大な何かあったときしかない。


「アッシュ、来るか?」

「はい」


 電話中に少年はいつの間にやらワイシャツに着替えている。重い腰を上げてコートを羽織り外に出れば、冷気が鼻にツンと来た。豪華な電光飾が眩く夜を照らし、暗闇に潜むことができなくなっている。


 本日の件も街灯の下で明るみに出たパターンだ。路地裏で、何者かに殺害された男性の遺体が発見されたのである。闇家業の奴らがよくたむろする場所で遺体が見つかっただけあって、大きな組織を芋づる式に引っ張れないかと考えたらしい。本来は四課が治安を取り締まっているが死体が出たなら話は別だった。


「成神警部補、こちらです」


 現場に着くと女性警官が待っていた。彼女は四課の巡査部長だ。ショートカットが良く似合う。見慣れない顔もちらほら確認できるので一旦は合同で、のつもりだろう。キープアウトのバリケードテープを潜った奥、路地のどん詰まりに、ゴミに塗れた男がいた。もちろん比喩ではない。駅から近いためか様々なレストラン街が立ち並び、勝手口が三、四カ所見られる。そこからの廃棄物たちがここに溜まっていたところに、被害者は捨てられているようにも見えた。


 痩せこけた男性だが身なりはさほど悪くなく、むしろ下ろし立てに見える。その胸には銃創で出来た赤い花が咲いている。その他に致命傷となる傷は見られない。細い裏通りで争った形跡もなかった。


「ガイシャの身元を証明できるものはなし。財布もないとなると、物取り? しかしピストルで一発とは……」

「金銭面で困るような組織ではないと思いますけどね」


 同じ屋号ではなさそうだが、過去に奴隷の取引も行っているような団体も同業者に紛れている。それに対抗するためには金欠では話にならない。物取りなど小賢しいことをしている暇ではない。


「金銭的じゃなければ……身分証の破棄とか。知られちゃマズいことでもあるんじゃないか? いろんな線で考えるのがミソだぞ!」

「イズルは、刑事らしくなりましたね」


 一年経ってやっとその言葉が聞けるとは。アッシュらしい皮肉であり、捻くれた称賛だった。年末になるにつれて街は華やかに、そして物騒になる。このような状況下でも心音は平常で、まっとうに仕事を成し遂げようとしていた。


 ビル風が首元を通り過ぎた。寒さが背中を走ったので、思わず首を引っ込める。夜だと目撃者もそこまでいないし、証拠も見えづらい。検視は専門の職員に任せて刑事側はこれから本部で会議だ。室内なら、とも思ったが、暖かさを感じることもなくすぐに情報集めに入ることになった。

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