煮え湯を飲まされる

 褐色の細い指が止まる。最新を探るより過去を遡っていた行動に謎を覚えていた矢先、どうやら功績を挙げたようだ。そこには数ヶ月前に同じく行方不明になった少女が取り上げられている。今回の被害者より、若干歳は上だろうか。


 この子はまだ見つかっていないらしいが、人体の一部が発見されている。


「両足だけ」


 それも人工的な切断によるものだ。犯人も捕まっていない。似ているようで、似ていないようで。結局のところ余計混乱を招いている。


「繋がりがあるかは不明ですが、次も事件が起こる可能性は出てきました。何らかの理由があって切断を好んで行っていますね」

「可能性が、あるのなら……」

「誰かが犠牲になるか、オレが犠牲になるか。そのどちらかしかありませんね。この宿には子どももいるようですし」


 ふと、今朝の入浴で鉢合わせした女性のことを思い出した。彼女には息子がいると言っていた気がする。そこまで年増には見えなかったので、きっと小さい子なのだろう。


「いえ、待ってください。……イズル、あのとき貴方は、扉の音を聞きましたか?」

「え? どこの扉?」

「露天風呂から室内に入るための、扉です」


 外の温泉に出る際には、ガラスの引き戸が存在する。あのときアッシュは閉めてから来ていたはずだ。あまりのことに動揺し覚えていないだけなのか。いや、しっかり湯の音も足音も、視界を遮断されていたからこそ耳は敏感に聞いていた。


「ん、じゃあ、あの女の人は……山の祟り?」


 引き攣った口の端をむりやり笑顔にする。だがもちろん、そのようなわけもなく。アッシュに無言の一蹴をされてしまった。宗教は大事にするくせに、非科学的なものは意外と信じない。


 だからこそ、現実の話として捉えられることができる。アッシュがいればここは夢ではないからだ。最悪な状況でも身体を動かさなければと思うことができる。動かなければ、現実の続きは見られない。





 夜更け。


 秋の終わりになれば一段と肌寒い。加えて台風の雨水が肌を流れ、体温を容赦なく奪っていく。にもかかわらず、じわりと嫌な汗が噴き出てくるのが分かった。そのような森の中でアッシュはひとり、傘もささずに浴衣姿で彷徨っている。正確に言えば、待っている。彼女を。


「そこに、誰かいるのですか?」

「…………」


 ずるずると、雨音の中に何を引き摺るものと小枝が折れるものが混ざる。得体の知れない何かが近付いてくるのではと慄くのは、後ろの茂みに控える貫だった。気付かれれば最後だ。そうなればアッシュと犯人、両方を逃してしまう。


「あら? ボクは今朝の……? 紹介するわ、わたしの息子よ」


 女性が渇いた上品な声で、にこやかに会話をしてくる。腕に持っているのは、かつて生き物だった物たちの塊。一番真新しい腕を引っ張って、風呂場の女性は現れた。

手の甲に火傷の跡がある小さな腕の根元は、強引に赤い刺繍糸で身体へと縫い付けられている。足元は地面に接着しているからか紫色に変色していた。それも無理にくっつけたのか、あらぬ方向に曲がって見える。


 一番異様なのは、首から上である。そこに鎮座しているのは人間の物ではない。狐の頭だった。虚ろな眼には雨の雫を溜めている。


「息子、ですか。それが」

「可愛いでしょう? 十年前の台風の日に川へ流されてしまったのだけど、ちゃんとわたしの元に帰ってきたの」


 遠くで雷が鳴る。風が一層強くなり、狐の頭がガクガク震えた。


「あらあら、もう眠いのかしら。お昼寝をたくさんしたのにね」

「貴方の息子は、狐なのですか?」

「……愛する息子が帰ってきているのだから、そうに決まっているわ。でもそろそろ足はダメね。ねぇ、ボクの足を、この子にくれないかしら?」


 女性は黄色く濁った瞳で、アッシュの足を見つめる。大事そうに提げるポシェットから刃渡り十センチほどの裁ちばさみを取り出した。切れ味の悪そうなそれは、両刃とも赤茶色に錆びている。


「ママね、あなたの身体を治すために、苦手なお裁縫も頑張って覚えたのよ。だからまた、帰ってきてね」

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