赴湯蹈火
それはきっと文字通り。幼児の身体欠損場所が腕であったから、彼は浅黒いそれをまざまざと見せつけた。浴衣の袖からするりと伸びる二の腕が分かたれる想像をして、それはいけない、と貫は感じた。
「なっ、自分が何を言っているのか、分かってるのか!?」
「身体の一部を切断するのには何か理由があるとしか思えません。その部分に固執していたり、あるいは欠損趣味を持っていたり。殺害だけならその刃物で急所を狙えばいい話です」
「それは――!」
「危険が迫ったときは、助けてくれますね?」
突き刺すような瞳を向けられて、貫は息が詰まった。それは信頼なのか、それとも無謀なのか定かではない。確証が得られていない答えは喋り出すのにいくらか時間が要った。凶器が掠めただけで死に至るのだ。犯人に挑むのは本当に命を懸けることになる。
「ああ」
だが、引っかかりには勝てなかった。目を伏せ、どうにか返事をする。どうにか頭を回転させて考えを巡らせるしかないだろう。夜までに最良の策が浮かべばいいのだが。けれど何時間考えても、間一髪のところで犯人に飛びかかる方法しか思いつかなかった。手がかりすらもないのだ。考えようがないではないか。
朝食を摂ってもそのことで頭がいっぱいで、あまり味が分からなかった。上の空ながらもすべて食べ切るのが貫らしい。
「イズル、考え込んでも埒が明きません。せっかく観光に来ているのですから館内を回ってみましょう」
「そんなことしてる暇あるかよ! お前は部屋でじっとしているべきで……!」
「情報を集めに行きますよ。オレはそんなに簡単にはやられません。イズルと出会って、貴方と共にいるのも悪くないと思ってきたんです」
食後の穏やかな時間、部屋でゆっくり思案に耽るのもいいだろう。だが保護者の頭がどうにも爆発しそうであったので、少年は違う道を切り拓いてやった。
焦る貫を嗜めるようにアッシュは力強く、まっすぐな視線を向ける。そのような言葉を聞くとは、稀有なこともあるものだ。ようやく打ち解けてきたのか、と思う反面、急激に距離を詰められると接し方が掴めなくなってしまう。妙にどきり、として貫は目を逸らした。
「じょうほう……、情報ね! 確かにそれは、そうかもしれないな……」
しばらくして部屋の鍵を持って、ふたりは旅館の中を探索――もとい、捜査することにした。同じ部屋を予約済みなのでチェックアウトの時間は大目に見てくれている。それに今朝のことで旅館の仕事も行き渡っていないのだろう。退室を促しに来る気配もなかった。むしろいまの段階では容疑者候補でもあるから、外に出られるかさえも怪しいところだった。
ついでに言えば、あの朝焼けとは打って変わっていつの間にか外は曇り空である。台風が近いと朝の天気予報で注意喚起がなされていた。これではどこへも行けやしない。
「だから安かったのかなー」
今後旅行するときは、天気をチェックする習慣を付けよう。苦笑いをしながら気付かれないように独り言ちた。どうせどこへも行く予定はない。地元警察の目を盗んで、本物の警部補なのに探偵の真似事をしていることに呆れて再度乾いた笑いが漏れた。張っていた肩を落として頭を切り替える。
「ま、動くのが俺の仕事だもんな。ただし県警の邪魔はしないこと」
「分かりました」
緩んでいた浴衣の胸元を整えてスリッパを履く。警察手帳は袖口に忍ばせているが、使う場面は多くないだろう。その分情報も限られるけれど警戒されて嘘を吐かれるよりかはマシだ。
山奥ではいまだに迷信がのさばっている地域がある。ここがそうかと探偵紛いは唖然とした。従業員に話を聞いても山の祟りだとか野生の怪物だとか、皆あることないこと口々に言っていたからだ。
これは明らかに殺人だ。検視には立ち会っていないので滅多なことは言えないけれど。神秘的なもので命を取られるなら、ここまでまどろっこしい方法を取るとも思えなかった。
「女将、露天風呂に動物が来ているようです。掃除を怠らないように」
途中で女将に会ったので面倒な客だと思われながらも少年は進言した。対する初老の女性は首を傾げて納得いかない顔をする。それでも客からの申し出なので無下にすることはなく一応は受け取った。
「はあ。動物、ですか? 畏まりました」
それきり満足したのかアッシュは黙って館内を移動していく。ある程度話を聞き終えた後、最終的にインターネットコーナーへ辿り着いた。古いタイプのデスクトップパソコンが六台、半数に分かれて左右の壁際に置いてあった。
「思っていたより大した情報はありませんでしたね。ニュースはネットで見たほうが最新ですから、ここを少しお借りしましょう」
そう言って少年はおもむろに、左側の一番奥の席にどっかと座る。推奨されない調べものだ。空気を読めるようになったのか人目を憚るようにしていた。
さっそく検索ボックスに今朝の事件を入力した。ただし出てくるのは分かりきったようなことばかり。この場でも収穫なしかと思っていたところ、聡いアッシュはそれでもめげずに検索を続けていく。
「前例があります」
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