生きた犬は、死んだライオンにまさる。
貴方がこれを読んでいるときには、
わたくしは亡くなっているのかもしれません。
わたくしの息子であり太陽、マリ・ヤ・ウットゥ。
父も朝に昇る太陽のような人だった。
しかし彼はわたくしたちを愛してはくれなかった。
貴方がすべからく生きて、すべからくわたくしの元へ戻ってきてくれるなら。
愛しています、我が子。母は貴方を育てられなかった。
血が薄く、すぐ殺めてしまうかもしれない狭い国では。
けれどいまになって、悔やんでいます。
「純粋な愛情と、自己憐憫ですね」
それでも大まかには合っているはずだと仮定を広げて、少年は続けた。母の死についてはここでようやく明言されている。何度か出てきた血の話、またこちらのことを太陽と呼んでいる文章。少年はやっと、自分のルーツを導き出した。
「どう違うかは見当が付かないが……、一通目はあんまり息子に送るような内容じゃなさそうだな」
「オレは親子間でする適切な話がどのようなものなのか想像ができませんが、これはオレに向けられたものでないことは分かります」
順当に並べて改めて読んでみれば、だんだんと憎しみが濃くなっていくのが見て取れる。息子に会えない時間と、望みが叶わない期間が比例しているのだ。
「父に、愛を説いたものでしょう。クドウ アサヒ、彼だと思われます」
「空、藤……!? そんなバカな!?」
数ヶ月前に邂逅し、そして一瞬でこの世を去った偉大なる画家。彼は幼い子の血液で絵を描く怪物だった。確かに以前本人の口から倅がいると聞いた気がする。しかし、それが目の前のアッシュであるなどと、まさかとは思ったがほとんど考えもしなかった。
「彼の人心掌握術は計り知れません。いえ、実際自身から働きかけたことは少ないでしょうから、カリスマ力と言うべきでしょうか。母は愛する人との間に念願の子を設けたが、オレの血は画材には使えなかった。だから、捨てられたのです」
「え、でも、だって! ……い、いや」
――それが本当だとしたら大変なことだ。
貫は青褪めた顔で頭を抱える。いままで過ごしてきた日々が崩れそうになり、しかしそれならば最初から瓦解しているはずだと思い直す。血の繋がりがあれど親と同じように育つかは話が別であるように、きっとアッシュはどこかで違うものになっていると思われた。
非常にピンピンしているし、精神的にも肉体的にも健康に見える。
「もとより親子の情はありません。ただ道具が増えただけ。母もそうだったのでしょう。彼女は最期に、心酔したNに会いたかった。使い道はないかもしれないが、邂逅の可能性が少しでも残っているのならば、ツールとしてオレを手元に置いておきたかったのだと思われます」
その解釈は悲しくも、真実以外の何ものでもなかった。産まれてきた意味など端から期待していないが、蓋を開けてしまえば中には虚無しかない。パンドラの箱のように、奥底に希望が眠ることはない。
まるで墓荒らしだ。暴いてほしくない遺志を、乱暴に暴いてしまった感覚である。不可抗力だった、と言い訳すればいくらか心は軽くなるだろうか。アッシュはそれを許すように誰を責めるわけでもなく静かに朝日を待っている。感情の少ない瞳で、だた、日光を睨んでいた。
冥界からの手紙 編 終幕
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