お前の力に余ることを理解しようとするな。また、手に負えないことを探求するな。

「また、届いてる……」


 月の下旬に差し掛かった金曜日、これで三通目の封筒が貫の机の上に乗っている。どうやら母からの想いは、毎週金曜日に届くようだ。


「差出人はアルル、母からですね」

「お、お名前そんな感じなんですね……」

「アルルも英語で書いてありますから、イズルでも読めると思いますが」


 言われてよくよく見てみれば、確かにアルファベットだった。内容が記号のようなヘブライ語だったので外側すら読むことを敬遠していたのだ。見落としを突かれると刑事としての肩書が痛い。


「ん? でもどうして、そこだけ英語で?」


 封書を出すにあたって、届きやすいように英文で示したのだろうか。国際便ならば共通語で書かれるのが常だ。そう勝手に合点して、貫の思考は幕を閉じる。

 保護者の小言には聞く耳を持たず、アッシュは封を切ってすでに読み始めていた。




   貴方に会えないと思うと、わたくしの心は荒んでいきます。

   まるで故郷の砂嵐のように、母を侵食していきます。

   嵐と共に生きることには慣れましたが、容易くはありません。

   いつの日か相見えることができればと、思うようになりました。

   母を許して、こちらへ渡ってきてほしい。

   そろそろ緑が枯れる時期となりました。

   もっと荒れてしまう前に、どうか。




「緑が枯れる。やはり母はオレを探しているのですね」


 季節柄、言われてみれば秋だ。海外でも植物が枯れ、肌寒くなる時期は寂しくなるものだろうか。と、貫はアッシュの漏れた言葉から漠然と考えた。ただ、無知な自分がそこに口出しすることはない。現時点でするべきは、やはり確認だった。


「……そう、なのか? やっぱり」


 以前は己の意志でここにいると述べていたが、一週間もすれば決心ですら変わる者もいる。気まずい雰囲気を醸して保護者はおずおずと訊いた。ここまで来て突然の別れが来る予兆を感じる。


「オレが母なる人物に会うことはありません。会う術がないと、最初に言ったではありませんか。それにオレは緑を復活させることはできませんから」


 秋めいて、湿った紅葉が舞い始める季節。それが再び新緑を取り戻すには半年ほどかかる。人ひとりがどうにかできる問題ではなく、おのずと巡ってくるものだ。文面が読めないので貫にはピンと来ていない受け答えだったが、本当にこのままのつもりでいるのだと改めて思った。


 産みの親でも、急に割って入られると異物感が否めない。人恋しくなる気温が、彼らの繋がりを紐解いていく。絆、と呼ばれるほど強固なものではない。ただ特殊な状況下で出会い、不思議な縁で乱雑に結ばれているだけだ。もしかすれば来年のいま頃には、違う道を歩いているかもしれない。


「あ、そういえば今月はいいのかよ? 勉強」


 それでも毎月の習慣には逆らえず、もしくは日常に戻したい気持ちが強く出たのか他愛のない問いをする。受験目的であればそろそろ進路を絞るときだろう。ロクに学問を受けていない者がどこまで試験の許可を受けられるかは知らないけれど、何も見返りがないとなると、勉強熱心な彼には申し訳なく思う。


「オレの国の文化では今月は祭りがありまして。それに土曜の安息日に備えて金曜は準備を行う日ですから、しばらく頭を休めています」

「はあ、そうか。祭り、ね」


 頭を休めているようには見えないのだが、アッシュも祭りを楽しむ精神を持っていると想像したら、思わず軽く笑ってしまった。その辺りは歳相応かと思いきや、貫の考える祭りとは似ても似つかないことは、しかし黙っておく。


「金曜日はあと一回残っています。もう少し付き合いましょう。結末はどうせ分かっていますから。事件性はないでしょうが……」

「気には、なるけどな」


 引っかかる文言はあれど、まずは突として現れた横槍の出所がどうにも気にかかる。見知らぬ女性からの封書、知られてしまったアッシュの存在。どこで漏れてしまったのか、警察が隠匿しているつもりの少年が最も飄々と暮らしていると知られれば大目玉をくらうかもしれない。その場合、最も被害が来るのは貫だろうということは、本人が一番分かっていた。


「ならば来週の早朝、起きられますか? 郵便局員を探ってみましょう」

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