生生世世

「林先生」

「林先生」


 彼女たちは、完璧だった。いままで自分が見てきた双子よりも、あるいは鏡に映ったひとりよりも同一だった。同時に瞬きをし、同時に口を開き、朋喜を甘く誘惑する。エナもアナも、教師である彼に好意を抱いていた。どちらが早く相手を落とせるか勝負をするほどだった。だから今日も朝のホームルーム前に、教員室へ朋喜を呼びに来ていた。


 高校三年生の秋、これは彼女たちにとってのターニングポイントとなる。


「どうした、夏目?」

「ふふっ、苗字で呼ばれたらどちらか分かりませんよ」

「そうそ、ちゃんと名前で呼んでくれないと」

「いやあ、ま、そうだけど」


 平静を装って朋喜は答える。このような感情は初めてだ。いままで女性と接する機会がなかったわけではないのに、彼女たちがこうも瓜二つだと胸が高鳴ってしまう。だからこれは運命だと感じた。やっと出会えた女神なのだ、と。


 どちらか一方だけを優遇することはできない。双方揃って愛さなければ、自らの手で美徳を壊してしまうことになる。


 やがて朋喜は、そのどちらともに関係を持った。姉妹は自分だけを愛してくれていると思っていたようだが、ややあってエナが先に朋喜の子を身籠ってしまったのだ。


「あのね、アナ――」


 そう幸せそうに話す姉を見て、男の愛がいくつもあったことに妹は腹を立てた。報告を聞いた翌日に、朋喜に詰め寄っていく。


「ひどい! あたしだけって言ってたのに!」

「ん? あー、アナちゃんも子ども欲しいの!? いいよ、だってそのほうが完璧だもんね!」

「……え?」


 悪びれる様子もなく、むしろ不貞を喜んでいる。子どもができたら男女はそれぞれ一途になるものだと思っていた。姉は朋喜と結婚しなければいけない。自分はただの義妹になるのだと漠然と感じていた少女には衝撃的だった。


 なおも嬉々として両方を愛そうとする彼の考えは、全くもって理解はできなかった。これから人生を経たとしても捉えがたい旨趣だ。ただ不安と恐怖だけがアナを侵食していく。


「そんなこと、できるわけないでしょ!?」

「えー? ふたりじゃないと意味ないんだよ? 君たちが完璧に同じじゃなきゃ、絶対にいけないんだよ。そうなると台無しじゃないか。……それならエナちゃんとも別れようかな」

「は!? なんで、そうなるの!? お姉ちゃんは林先生と結婚するんでしょ!?」

「いまどきシングルマザーなんて珍しくもないよ。自分としては、手放すのは惜しいんだけどね。ひとつが手に入らないなら、もうひとつも要らないから」


 子どもは大人の主張に適わない。己の都合だけを押し付けてくる朋喜でも、いま見放されたら姉も家族も困ってしまう。従うしかないのか、エナの悲しむ姿を想像してアナは意見をぐっと押し込めた。


 朋喜の罪は、双子だけの話として片付けられた。やがてアナも妊娠してしまったが、彼女らは合意の上、ともに堕胎を行う。男の激怒は買ったが、この双子唯一にして最後の反抗であった。これでふたりは何も変わらず、それよりも多くの共通点――同じ男の子を身籠り、中絶を行ったこと――を携えるメリットに目を向けさせ、何とかその場を抑え込む。恍惚とした表情で朋喜は、エナとアナをもっと愛するようになった。





 それから十年。数年前にアナはようやく身の危険を感じ朋喜から逃げおおせたが、彼はずっと妹の消息を追っていた。あの子が消えておかしくなったのは彼のほうだ。そうエナは感じていた。


 けれども、もしかしたら初めから、ボタンの掛け違いは起こっていたのかもしれない。


「愛しているわ、林先生」


 アナと一緒にするなら、同じ人を好きになった友を殺めるべきであった。妹の気持ちは痛いほど分かる。殺意は嫉妬からではない。憐れみからだ。


 辛い思いをしたからこそ、大事な友を救いたいと願う気持ち。それが溢れて爆発してしまったのだ。


「アナってば優しい子。あたしは……彼を刺すしか、考えられなかったわ」


 朋喜は愛が多かった。双子や三つ子によく反応する。毎年やってくる生徒の中に最低一組はいるのだ。最愛は我々だと感じているが、彼の毒牙がどこまで伸びているのか分からない。悲しむ女性がいるのなら、元凶を絶つべきだと考えた。これ以上、憎しみは増やすものではない。


 尚且つ、彼は変に人徳がある。刺された男性も元教え子だったらしい。人脈の包囲網を張り巡らせて教師はどこで何をしているか分からなくしていた。


 朋喜は口から血を噴き出しながらぐったりしている。その顔を強引に引き寄せ、エナは唇を重ねた。愛している。だからこそ、最後は彼の望みを叶えてやったのだ。アナと同じく人を刺殺することで、彼女たちはさらに完璧になれる。


 対象者は異なるが、犯罪歴としては問題なく処理されるだろう。冥界へ迎えに行くときは、いつか一緒に、果てまで落ちよう。




             鏡の鑑 編     終幕

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る