委委佗佗

 同一が並び立つ世界。完璧は時に人を魅了する。それは黄金比や白銀比にも似た引力を放ち、均一が頭を侵食していく。


「……いや、これは凄いと思うけどよ? 何か関連がある話か?」


 確かに滅多にないことだろうが、ふと我に返って貫が訊いた。いままでにアッシュが無駄口――嫌味は多々あるが――を叩くことはなかったのだ。何か思惑があるのだろうけれども、いまいち繋がってこない。


 唯一気になるものとしては林 エナと夏目 アナの姉妹か。彼女たちの容姿は、アッシュが仮定した法則に従うのならば朋喜の好きそうな瓜二つだった。


「彼は、同じものを愛しているのですよ。双子の姉ひとりを娶ったとはいえ、妹のアナとも一緒でなくては気が済まなかったのでしょう」

「ええ? それって、同時に二人を……しかも姉妹を? あんまり推奨できない恋愛観だな……」


「世界では一夫多妻、などというのもありますがね。今回はそこを突いてほしいのではなく、完璧さを求めるトモキの心情を察してください。……ただしこういう言葉もあります。『愛する人の欠点を美点と思えないような者は、愛しているとは言えない』」


 かつての夢に生きた人、ゲーテの言葉である。貫の共感は薄かったが、それでも構わないとアッシュは続けた。もとより理解者は少ない。紆余曲折してから真意を伝えることしか世界を学んでいない。そうでなければベルの元、隠し事を通して生き残ることは至難の業だった。


「愛、って難しいんだな。けどそれなら、林さんはちゃんと奥さんを愛していたんじゃないか? 支えきれなかったとは言ってたけど、傷害事件を起こした後も傍にいるみたいだし」

「この場合の欠点は、双子なのに同一ではないこと、ですよ」

「ん、じゃあ……?」


 真相が届きそうになって、貫は目を見開く。長いようで短かった会話は、端的に纏めると最悪な歪みを発生させている。表面上は真白に覆われた清い夫婦関係。その中身はどこかで捻じれて、姉妹まで巻き込んで、真の権力者だけの美しい世界を作り上げている。


「夏目 アナと、同じにしたい……ってことなのか?」


 偶然の傷害事件にしては条件が揃い過ぎている。つまりはそこまでお誂え向きにした人物がいるということ。お膳立てしておけば後は己の露知らぬところで事は終了する。


「トモキについて、少し調べたほうがいいのかもしれません。絹は捩じることで、より強い糸に仕上がります。見目麗しいものほど、寄って見れば複雑に絡み合っていることがあるのです」

「……それが本当だとしたら真犯人、だな」


 警察が、憶測で物を言うものではない。彼らは捜査第一課のデスクの片隅で、あらぬ道筋を立てている。捜査は足でするべきだ。頭を働かせるのは貫の役割ではない。アッシュは否応なしに、こちらの頭脳を動かしてしまう。


「でもそれじゃ……証拠を見つけないと」


 少年との対話は真実まで必ず辿り着く。しかし大人が決着をつけなければいけない。その先は考えていないのだ。暴くだけ暴いて、混ざり合った中身だけを見て満足して帰っていく。それもそうだ。彼には人を裁く権限はない。調べる義務もない。尻拭いのことはこちらに任せっきりなのだ。貫ばかりが頭を抱えている。


「警察は大変ですね」


 と、無神経にこのような追い打ちをかけてくるときもある。警官は苦笑いを浮かべ明るい嫌味を言った。


「大人は、立場とかルールとか、守らなきゃいけない最低限があるわけよ」

「生き辛そうです」


 彼がもう少し大人になるまでには、自由な風潮も増えているかもしれない。肌の色や性別に関係なく、皆が何も思わずに過ごしている未来が作られているのやも。それでもきっとアッシュには関係ない。このままのびのびと時間を経ていくのならば、恐らくは社会の風に混じることも吹き飛ばされることもない気がした。


「お前は、そんなに心配しなくてもいいんじゃないか?」


 そう軽く笑って、肩の埃を払ってやることにした。貫が生き辛さを感じるのは初めてではない。良かれと思ってやったことが裏目に出たときもある。こうして子どもは理不尽さを学んでいくのだ。知恵がない者ほど足蹴にされるようにできている。


「さて、と。また勝手に捜査すると上がウルサイしな。どうすっかなー」


 ボヤキながら天を仰ぐ。心のままに生きるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

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